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第49回「金栗杯」勿来の関マラソン ボランティア
2006年2月11日、いわき市勿来町で開催された 第49回「金栗杯」勿来の関マラソン大会に救護ボランティアとして参加しました。
日時 : 2006年2月11日(土)
場所 : 福島県いわき市錦町 クレハ総合グラウンド陸上競技場(スタート・ゴール)
主催 : いわき市勿来地区体育協会
後援 : いわき市教育委員会・いわき市体育協会・その他
 勿来の関マラソンは、日本人最初のマラソンランナーとして五輪に出場し、「日本マラソンの父」と称される故金栗四三氏にちなんだ大会で、今年で49回を迎える歴史ある大会でもあります。

 大会は、5km・10km・15kmの3コース、全11部門に分かれており、年齢、性別によってエントリーできる部門が決められます。
 この大会に市内外から毎年1000人以上のランナーが参加し、冬の勿来路で健脚が競われます。
 なんとあの高橋尚子さんも走ったとこのある大会です。

 こんな歴史のある大会に何らかの形で関わりたいと参加者を募ったところ、17名のメンバーが参加を表明。最終的に諸事情で参加できなかった3人を除く14名が救護班ボランティアとして参加しました。

 私たちは、まず事務局のある植田公民館を訪れ、「この大会の救護班ボランティアで参加させてください」というところから活動が始まりました。

 突然の心停止では「心室細動」という致死性の不整脈であることが最も多く、一番効果的な治療法が迅速な(発症から5分以内の)電気的除細動(いわゆる電気ショック)でるということから、これまで医師や救急救命士にしか許されていなかった、自動体外式除細動器(AED)を使用して電気的除細動が、2004年7月1日から市民に許されることなり、近年の大きなスポーツ大会にはの大きなスポーツイベントには、AEDを持ったボランティアが多く参加するようになりました。

 有名なところでは東京シティーマラソンなどがありますが、昨年開催された愛知万博ではこのAEDが大活躍し、何名もの皆さんの命が救われたのは記憶に新しいところです。

 事務局の担当者に、このへんの話から聞いていただいたところ、難なくOKということになりました。

 2月11日当日、天候は晴れ、風もそれほど無く大会日和となりました。
 後半曇りがちになり、風も出てきて寒くなってきましたけどね"^_^"

 結果は、幸いにも特に大きな事故も無く、無事大会は終了しました。
 私たちとしては大した活躍もしませんでしたが、メンバー全員充実感を得ることができました。
 来年もまた参加したいですね(*^_^*)

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まずは資器材の準備です。
搬送車両が軽トラックっていうのがいいですね
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まもなく開会式

運営事務局が用意してくれた救護所の前ですが、肩にかけているのはAED(レールダル社のFR2)

レールダル社さんに貸していただいています

ありがとうございました
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開会式の様子

オレンジ色のベストを着ているのがいわき救友会のメンバーです
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いわき市長の挨拶
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こんなにたくさんの方が参加していました

最初のスタートから50分後にスタートする部門もあり、開会式には間に合わない方もいたようです
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コース内は危険防止のため自転車で移動しました

AEDと救急バッグ、そして毛布、これらが私たちの装備品

でも、なんか見た目が怪しい???
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コース内を一定間隔に部署し、有事に備えました
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転倒し膝をすりむいた選手の手当て。
もちろん、こういった仕事も救護班の仕事
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FR2って、こんな風に背負えるんですね イメージ

実は、職場の同僚が選手として数名参加していました


こら~~?!ふざけるな~~!!
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閉会式の様子

この頃にはすっかり曇ってしまって、風も強くなっていました

寒かったぁ
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寒い中、みなさんお疲れ様でした

幸い、特に大きな事故も無く、初めての救護班ボランティア無事終了
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