28.

何とか逃げおおせた後、林 真須美がまず考えたのは銃が必要だということだった。夫の建治が持っていたナイフも使ってしまったし、今は自分に支給されたカマがあるきりときている。ほぼ丸腰状態だ。
そんなわけで、真須美は他の誰かを探していた。かれこれ3時間―。

民家の近くに来た時、ようやく耳にかすかな物音が届いてきた。玄関の前に行くが、人の影はない。かすかな物音は庭の方から聞えてくる。庭へ行くと洗濯物が干されていた。この家の住人の物に違いない。プログラム(犯罪者バトロワ)開始のため、政府の命令で急きょ立ち退いたのだろう。
1人の男がそこにいた―。

「あの男は・・・」

真須美は物音を立てないよう、忍び足で男に近づく。
男は、少女買春容疑で逮捕された元東京地方裁判所の判事・村木裕保であった。

村木は真須美に背を向ける格好で、洗濯物の中にあったセーラー服でハァハァしている。既に執行猶予付きの判決を受けている元判事の村木が、この犯罪者バトロワに参加させられる羽目になったのは、司法関係者の不祥事を再発させないためにも村木に厳しいペナルティを課し、見せしめが必要という政府の判断だった。
村木が何をしているのか、真須美にはどうでも良いことだった。村木の右手には拳銃が握られていたからである。やや大型の回転式拳銃だ。

「村木判事。少女に夢中になって逮捕され、セーラー服に夢中になって殺されるなんて、アナタらしいTHE ENDね」

真須美は村木の背後まで迫ると、カマを振り上げようと―!!!
その時、誰かが背後から

「あっ!!」

と言うのが聞えた。
それで村木がビクッと振り返ったのだが、ビクッとしたのは真須美も同じだった。カマを振り上げるのをやめ、声の方へ向く。
庭のブロック塀の向うから福本 謙の顔だけが見えていた。
高速道路で女子中学生を車から転落死させた『手錠殺人』の福本 謙である。

村木は、真須美がすぐ後ろにいるのを認めると、こちらも

「あっ!!」

と言い、すぐさま真須美に向けて銃を持ち上げた。
福本の出現に驚いた様子を見せないところを見ると、村木と福本はずっと一緒にいたようだ。

「村木さん、裁判官の・・・元裁判官のあなたが人を撃つなんていけないよ。

やめろ」

福本が動揺して言う。
村木は銃を真須美にポイントしたまま、福本を見た。

「真須美被告は、私を殺そうとしました。私の判決は死刑です。見なさい。
カマです。真須美被告はカマを持っていました。状況証拠は充分です」

真須美はまたまた本領を発揮する。

「違うわ!あ、あたし・・・庭の草が伸びてるから手入れでもしようと思ってカマを持ってたの」

村木は裁判官口調で言う。

「庭の手入れ?ウソはいけませんね。供述する以上は本当のことを述べなさい。こんな状況下で庭の手入れなんてするんですか?それも他人の家の庭をあなたが手入れする必要なんてあるんですかね?」

真須美が反論する。

「アナタこそ他人の家の庭で何やってたのよ?」

村木はやや焦る。

「ひ、被告人は質問されたことにだけ答えなさい。私を殺そうとしましたね?」

福本が割って入る。
「まぁまぁ。2人とも・・・真須美さんは女だから雑然としてるのが見てられないんじゃないですかね、きっと」

村木は聞く耳を持たない。
「今は皆が生き残ることを考える必死の状況下です。庭の、それも他人の家の庭のことなんてどうでも良いはず。よって異議を却下します」

福本がなおも言う。
「しかし、村木さんだって・・・そのセーラー服を・・・だから『生』に対する意識よりも『性』に対する意識の方が強いじゃないですか?」

村木はまたも焦る。
「そ、そ、それは本件とは関係がありません。異議を却下します」

続いて村木は真須美の余罪≠追及し出した。

「あなたの夫、建治被告は既にこのゲームから退場していますね?自分以外の人間を信用してはならない、このゲームで建治被告に安易に近づけるのは妻のあなた以外にいませんね?あなたの仕業ではないのですか?」

真須美は恐怖に慄いた表情をつくる。もちろん、声色を震わせるのも忘れなかった。

「ち、違うわ。夫を見つけた時にはもう・・・もう死んでて・・・あ、あたし、恐くて・・・」

またも福本が割り込んだ。
「村木さん。証拠もないのに疑うなんて駄目だ。夫の建治さんが死んで一番悲しんでるのは妻である真須美さんじゃないのか?考えてみなさい。真須美さんは元裁判官であるあなたを信用したからこそ話しかけようとしたのかも知れない」

村木が眉を寄せ、裁判官の顔になって福本に言う。
「福本君。あなたは真須美被告の弁護人ではなく、私とあなたは、共に女子中学生に溺れ、社会的地位を失った同志≠ナあることを忘れないように」

今度は福本が焦った。
「そ、それはそうですが・・・」

相変らず銃が自分に向けられたままの状態で、真須美はこのピンチを乗り切るために一芝居打つことに。

「あ、あたし・・・この家にずっと隠れてたのよ。窓から庭を見ていたら、自分の家を思い出して・・・だから、あたし、あたし!!!」

真須美は取り乱して見せた。とっさに足元にあった水道のホースを手に取ると、すぐさま蛇口をひねって水を出す。ざざーっ! 水はホースから勢いよく出た。

「なっ、何をするんだやめなさい!被告人は静粛にしなさい!」

拳銃と、もう一方の手に持ったままのセーラー服が濡れることを嫌った村木は、錯乱する真須美を取り押さえようと近づく。

「何ですかぁー、もうぅー、あっち行って下さい!!」

真須美は、かつて自宅に群がった報道陣を追い払う要領で、村木に向けて水を放つ。

「うわっ、わわわ!こ・・・この公判は休廷いたします!」

村木は、視聴率アップのため必死になるマスコミほど執拗ではなかった。自分の手では止められないと判断した村木はブロック塀を乗り越え、庭の外へ出る。そこにいた福本と真須美の処置について話し合う。

「村木さん、どうでしょう?真須美さんを交代で見張ることにしませんか?撃つなんていつでも出来るじゃないですか」
福本の提案を村木は取りあえず受け入れることにした。

「分かりました。刑は執行猶予とします。だたし―福本君、真須美被告をしっかり留置しておくように」

「福本君。真須美被告の両手を縛りなさい」

村木の命令に福本は「えっ!?」という視線を向けたが、裁判官・村木は譲らなかった。

「拘置です。それが私の条件です。被告人を厳しい監視下に置かなければなりません。そうしなければ被告人は逃亡どころか、再犯の恐れが充分にあります。拘置するのが駄目だと言うなら、私は直ちに刑を執行します」

真須美は
「福本さん。構わないからそうして」

と言った。
福本は小さく頷くと、真須美の両手を取る。

「ごめんね。こんなことしたら僕はまた・・・またあの時を思い出してしまう・・・何とも言えないエクスタシーに浸ってしまうんだ・・・」

ベルトで真須美の両手を縛る際、福本は家出DQN少女・上家法子に手錠をかけたあの瞬間≠思い出してしまった。ベルトをギュッと締める。あ〜何とも言えない。

茂みの中、福本と真須美は並んで腰を下ろしていた。村木は少し離れた所で拳銃を握ったまま、おまけにセーラー服を抱えて寝息を立てている。真須美がこの2人と合流した後、交代で仮眠することになり、村木が最初に眠ることに。福本と真須美はしばらく黙っていたが、そのうち福本が村木に会うまでの顛末を話し始めた。
どうやら2人は真須美が合流する2時間ほど前に出会ったらしい。それで2人で脱出の方法がないかどうかを話したが、論理的な回答は出てこなかった。やがて村木は民家の庭に入って、ハレンチな行動に及ぶ。随分時間がかかるので福本が心配になって見に行き、そこで真須美を見つけたという。

「村木さんは、論理的に行き詰まると、何か別の物に拠り所を求めてしまうんだ。きっと彼はそういうタイプなんだよ。だから少女を買春したりして・・・このゲームの最中でもセーラー服をハァハァしたりして・・・そうでもしないと、鬱だ死のう状態になってしまう人なんだ」

俯いたまま話す福本に、真須美は少し笑んで見せた。

「いい人なのね、福本さん」

真須美の言葉に福本は
「ええっ!?」
という驚きの視線を向ける。

「そんなふうに、人の気持ちを分かってあげられると・こ・ろ。それも、このゲームの最中に」

それで福本はまた視線を落とし、髪を無神経に撫でつけて
「そんなこと・・・ないよ」

と言った。
真須美はため息交じりの感じになる。

「私は駄目ね。悪い女よ。酷いことばっかりしてきたんだもの」

福本は首を横に振った。
「いや。僕は、真須美さんはそんなに悪い女じゃないと思う」

どうして?と聞きた気に首を傾げる真須美に言う。

「そりゃあ真須美さんのことで、いい噂は聞かないよ。それに人を殺すような奴にろくな人間はいないと思ってた。でも、自分が殺人事件を起して初めて分かったんだ。初めから悪い奴なんて、そういないんだって。ほら、僕だって教師やってて人殺しちゃってんだから」

真須美は微笑する。

「ありがとう、福本さん」

ふいに福本が「そうだ」と言った。

「のど、渇いてない?長いこと、水、飲んでないんじゃないの?」

真須美は頷く。
「少し、もらえる?」

デイパックから取り出したペットボトルを渡す前に、福本は真須美の両手を取り、巻き付けているベルトに指をかけ、ほどき始めた。
真須美がビックリしたように言う。

「福本さん!・・・いいの?村木さんが怒るわ」

福本は、視線を真須美の手首に集中させたまま答える。

「いいんだ。真須美さんが持っていた武器は俺が預かってるし」

真須美が村木を殺そうとしたカマは、福本のズボンの後ろに差してあった。
それから福本は事件当時を振り返った。

「アイツも・・・アイツも真須美さんのように、僕のことを分かってくれれば手錠を外してやったんだ。なのに、なのに騒ぎやがるから・・・あのガキが僕を分かってくれれば・・・死なずに済んだんだ」

真須美が察して福本をフォローする。その眼差しは深く傷ついた入院患者をいたわる看護婦そのものだ。

「あの家出少女のことね。あれはね、あの少女が悪いのよ。家出なんかして誰とも知らない男性(ひと)の車に乗ったりするから。日本の女子中学生に対して身を持って教えたんだから、福本さんは立派よ!」

福本が顔を上げた。教師になったものの、不適格さばかりが指摘され、他人から評価を受けたことは皆無に等しかった。しかし、初めて他人から評価を受けたのだ。それも不特定多数の者に教えた≠ニいうことで。しかも立派≠ニさえ言われた。

もし、福本が犯罪者ではなく、娑婆で暮らしている一市民だったら、真須美からの評価など受けたくもなかったに違いない。だが、たとえ犯罪者からの評価であったとしても、この極限状態に置かれた福本にとっては嬉しかった。真須美がにこっと笑う。

「よかった。福本さんみたいな人に会えて。あたし、ずっと恐くて震えてたけど、もう大丈夫ね」

福本が言葉を返す。
「大丈夫だよ。僕が真須美さんを守ったげるよ」

真須美はまた笑んだ。
「ありがとう。うれしい」


 

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