37.

細い雨が落ち始めている―。
ネオ麦茶は覆い茂る緑の中を縫って、ゆっくりと移動していた。
肩からウージー・サブマシンガンを吊って右手にそのグリップを持ち、ズボンの前にはCz75を差している。ブローニングは背中のデイパックに、かき集めた弾薬と一緒に入れてあった。

結局、ネオ麦茶はすぐに灯台を離れたが、やはりと言うべきか15分ほど経つと灯台の方角から銃声が届く。マシンガンだ!その後に単発の銃声!またもマシンガンが鳴る!そして、銃声は止んでしまう。 

「また・・・死体が増えているのか・・・」

海に面した舗装道路に出た時、雨は一層激しくなり始める―。
周囲には隠蔽物は何もなく、ここで誰か(麻原や真須美など)の襲撃を受けたら一溜まりもないと思ったが、既にゲーム参加者の数は7人にまで減っており、誰かと遭遇する確率もかなり低いと踏んでいた。それに、こんな雨の中を積極的に動きまわる奴もいないだろう、と。

雨もさることながら、傷の痛みもあって、ネオ麦茶は歩くことに気だるさを覚えていた。

「こんな時こそ・・・バスジャックしたいな」

ウージーのグリップをさらに強く握る。
もっとも、バトル・ロワイアル会場でバスなど走っているはずもないが。



「行くぞ!」

酒鬼薔薇に動くように促されても、小野愛は渋った。今いるネオ麦茶との落ち合い地点一帯が禁止エリアに指定され、その時間が迫っていたのだ。

「早くしないと、これが爆発するぞ」

酒鬼薔薇は金属製の首輪を指差す。 

「胴体と切り離されてギロチンだ!」
間近に迫った危機を説明する。

「でも・・・まだネオ麦さんが・・・お願い!もう少しだけ待てない?」

愛は状況を充分に認識していたが、それでもネオ麦茶の帰還をギリギリまで待ちたかった。

「大丈夫だ。ここでネオ麦と会えなくても、きっと見つけ出せる!」

酒鬼薔薇に明確な根拠があったわけではない。今はそう言う他なかった。

「気持ちは分かるが、俺達が死んじまったら元も子もない。首輪に電波を送る政府の連中は1分1秒たりとも待ってくれねぇんだ。

酒鬼薔薇はウインクしながら少し笑みを見せ、愛を元気付ける。

「ネオ麦も小泉の放送を聞いてるさ」

2人は立ち上がり、その場を離れた―。



海際の舗装道路から山寄りの茂みに入ると、やぶをかき分ける必要があって疲労はいっそう激しくなった。

「もう少し・・・もう少しだ」

ネオ麦茶がこれまで歩いてきたのはたかだか1・5`足らずだったが、相当量の血を失った影響は大きく、体がフワフワしている。全身の傷の痛みは吐き気をもよおすほどだ。
本来ならじっとしているべきなのだろう。

木々の枝から鳥がバサバサと羽を動かし、飛び立った。ネオ麦茶はドキッとして、反射的にウージーを向ける。鳥がギャ―ギャ―騒ぎながらネオ麦茶の頭上を高く飛び回る。

よく観察すると、木々の枝に作られた鳥の巣にはヒナが数羽いるのが分った。どうやら親鳥は、ネオ麦茶が巣に近付いたことで警戒したようである。ヒナを敵≠ゥら守ろうと神経質になっているのだろう。ネオ麦茶はそう思った。

「相手が自宅で飼っていたハムスターを殺したネオ麦茶というバスジャッカーなら尚更警戒するだろうな」などと冗談半分に考えながら。

引き金に力をこめようとするが―やめた。小動物をいじめてはいけない。
しかし、飛び回りながらギャーギャー騒ぐ親鳥の鳴き声がネオ麦茶の気に障った。

「撃ち殺してやろう!」

小動物を虐待する悪魔が、ネオ麦茶にささやく。ウージーの照準を定めようとした時、ネオ麦茶の中でもう一人のネオ麦茶≠ェ言う。

そんな場合ではない―。俺には、他に戦わなければならない敵がたくさんいる―。
ネオ麦茶は逡巡していた。

そうこうしている内に、親鳥はネオ麦茶の背後に回り込み、急降下してネオ麦茶の後頭部に体当たりを食らわす―。 ネオ麦茶は理性が吹っ飛ぶのを自分自身でも感じ取った。
もっとも自分に理性なんてあったのか、とも思ったが。自分の中に理性が作られていたら、バスジャックなんてしなかっただろう、とも。「理性」とは始めからあるものではなくて、作られるものだということをネオ麦茶は自覚しないまでも、どこかで感じ取った。

「あの親鳥め、ふざけやがって!ブチ殺してやる!」

ウージーを構えた時、周囲の草むらでガサガサと何かが動く!
ちっ、そこにも何か小動物がいるのか、まぁいい、まとめて殺してやる!まずは鳥からだ!蜂の巣にしてやる!ほぼゲーム感覚で、つかの間の動物殺しを楽しもうと狙いを定めようと― 恐ろしい速さで草むらにいた何か≠ェ背後に迫って来た―!

ネオ麦茶が振り返り銃口を向けようとする前に、何かが背中に押し当てられた!
ネオ麦茶は恐怖のあまり、ばっと顔を振り向ける― 

「不用心だな。俺じゃなかったらどうするつもりだ、あん?」

そこには端整な顔立ちのマスクがあった。酒鬼薔薇だった。
木の枝で作った槍を手に持ち、攻撃体勢に入るところだった。それで、ああ、そうだ。鳥がギャーギャー騒ぐ異変≠酒鬼薔薇が聞きつけて来たんだな、と分った。

「ネオ麦、知ってるか?俺達が生まれるずっと前のことだが、ベトナム戦争で世界最強のアメリカ軍を悩ませたのはジャングルだ。敵の姿が見えずに奇襲と待ち伏せでアメリカ軍は負けたんだぞ。ちょうど今みたいにな。もっとも徴兵で集めた若い連中を半年そこそこの訓練で戦場に出したって勝ち目はねぇよ。何の訓練も受けてない、お前なら尚更だ」

再会早々に説教じみた話だが、内容とは裏腹に、とても優しい声色だった。

「ネオ麦、自然に感謝しろ。あの鳥が騒いだおかげで、お前と早く会えたんだ。約束した落ち合い地点は禁止エリアに入っちまった」

少し強い口調で続ける。
「家で飼ってたペットを虐待して死なせたこと、反省しろよ。罪を償え。まぁ、これは東真一郎くん≠ノも言えることだがな」

酒鬼薔薇がいたずらっぽく笑む。

ざっ、と音がして、酒鬼薔薇の後ろに小野愛が現れる。雨に濡れた髪の下、ネオ麦茶を見つめる瞳と口元が震えていた。 

「ネオ麦さん・・・」

半ば酒鬼薔薇を押しのけるように、愛が走り出す。
ネオ麦茶は右手を伸ばして愛を受け止める。愛の体がぶつかり、ネオ麦茶の脇腹に痛みが撥ねたが、どうでもよかった。愛がネオ麦茶の腕の中で顔を上げ、泣いている。

「ネオ麦さん―ネオ麦さん―よかった―よかった」

ネオ麦茶は自分も泣きそうになっていることに気付き、にこっと笑って見せようとした。酒鬼薔薇が腕時計を指差しながら、2人に言う。

「1分だ」 

ネオ麦茶の右肩にかけられていたウージーを手に取る。

「1分間だけ、お互いの想いを確認し合え。その間、俺が見張っててやる。1分経ったら移動するぞ」

さらにネオ麦茶に付け足す。
「大事なのはハートと行動だ」

その言いつけ通り、ネオ麦茶は愛を抱く両腕にぐっと力を込めた。

「俺、弱いけど、頼りになんないけど、愛のそばにいる・・・愛を守る!」

酒鬼薔薇は2人から少し離れることで気を利かす。口には出さないが、よく生きてたな、祝福するぜ、と言ってるかのようだ。いつの間にか雨は上がり、親鳥は巣に戻っていた。

【残り7人】


 

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