43.

―沈黙が落ちた。

「アヤカちゃんっていうのか、彼女」

ネオ麦茶がよくやく訊いた。
写真の少女は、97年3月神戸市須磨区で東真一郎≠ノ金槌で撲殺されたとされる連続殺傷事件の被害者・山下彩花ちゃん(事件当時10才)だった。

「そう」

酒鬼薔薇は何度か小さく頷いた。
「花のように彩る子・・・」

「やっぱり・・・」 愛が、そっと、訊く。
「手を下したの?酒鬼薔薇さんが?」

酒鬼薔薇は黙って煙草をふかしていた。―しばらくして口を開く。

「そいつを訊かれると辛いな」 続けた。

「あの事件で日本中が狂騒に覆われた。CIAと日本政府はその狂騒を煙幕にして、日米の戦時体制を押し進めた。同時に少年法の改悪もな」

少し間を置く。

「その話は別として、罪なき人間を人柱にして、連続殺人事件っていうドラマ≠演出するには恐ろしく計算高くやらなきゃいけねぇ。何せ日本中を騙すわけだからな。戦争も同じさ。アメリカがやる戦争ってのは世界中を騙してるだろ。半世紀前に日本とアメリカが戦争したんだが、この発端は日本がパール・ハーバーを騙し討ちしたことになってる。でも、アメリカは日本に攻撃するように仕向けた。湾岸戦争にしたってそう。アメリカはイラクにクウェートを侵攻しても黙認すると密約を交したが、いざ侵攻が始まると、正義の味方ヅラして多国籍軍を派遣した。今度のニューヨークでのテロ事件なんて、アメリカの軍事産業は大喜びだよ」

ネオ麦茶も愛も、黙って聞いていた。

「―とにかく、俺のチーム≠ヘ神戸事件を演出するために須磨区に展開していた。犯人役は東真一郎で、被害者役は東真一郎と親しかった土師淳くん。東真一郎は精神的に異常だったし、土師淳は知的障害者だったから、このキャスティングは楽だったよ。正直、この2人を犠牲にすることに何の罪悪感もなかった。でも・・・」

「でも?」 愛が次の言葉を待つ。

「命令が出たんだ・・・。斬首事件を起こす前に、女の子を2〜3人犠牲にしろって言われた。大きな花火を打ち上げる前の余興のつもりだったんだろう」

酒鬼薔薇の話に驚愕した愛が思わず突っ込む。

「そんな命令・・・」

酒鬼薔薇が首をたてに振った。 

「そう、拒否すれば良かった。このゲームに乗らずに、愛さんを守ろうとしたネオ麦のように」

多分、よくやく、ネオ麦茶は本当に理解した。酒鬼薔薇の憤りを。その深さを。
煙を吸い込み、吐いた酒鬼薔薇が言う。

「俺達の世界では命令の拒否は許されない。拒めば死が待ってるだけだ」

また煙を吸い込み、吐いた。

「覚えてるか?彩花ちゃんは脳挫傷で亡くなるのに1週間かかってる。俺はもう一人の少女を刺して重傷を負わせたが、そっちは助かってる。即死させることも出来たが、殺すことに躊躇したんだろうな・・・」

またも煙を吸い込んで、吐き出した。

「人を殺すには3つの理由がある。金つまり欲望、もう一つは怨恨、そして残る一つが愛情だ。俺は中でも最低だった。自分に対する愛情だったんだからな。このゲームで、自分だけが生き伸びようとした連中と一緒だった」

ネオ麦茶には、酒鬼薔薇の目元が神経質に引きつったように見えた。

「俺が彩花ちゃんに背後から近付いた時、彼女は振り向いた。俺は心の中で逃げてくれ≠ニ何度も叫んだ。でも・・・足がすくんだんだろう、彼女は逃げなかった」

愛が「きっと―」
と言った。

「きっと、彩花ちゃんは酒鬼薔薇さんのことを信用したんだと思う。工作員としては失格かも知れないけど、酒鬼薔薇さんの中に良心が残ってて、優しい顔をしてたから信用したんだと思う!そうでなかったら― きっと逃げてると思うわ」

酒鬼薔薇が首を横に振る。

「そうかな」
そして短くなった煙草を水たまりに放り込む。

「分るだろ?」

酒鬼薔薇が言ったので、ネオ麦茶と愛は顔を上げた。

「俺は、このゲームに参加することで、2度と自分に対する愛情のために人を殺さないことを証明する。だからゲームに乗らずに愛する者を、互いを守ろうとする2人を助けたい。俺には2人が、とても、いいカップルに見えたんだ」

「ああ」

ネオ麦茶が頷き、酒鬼薔薇が続ける。

「俺はアメリカに借りがある。これに生き残ったら、アメリカっていう国に落とし前をつける。神戸事件で殺しちまった彩花ちゃんの弔い合戦だ。それにはアメリカの世界戦略基地になっている日本でやる!この日本で、な」

ネオ麦茶は何かを言おうとした。そう、一緒に戦わせてくれ、と。俺達、チームなんだから、と。言いかけた言葉を遮るように、音楽が鳴り出す。


♪もう独りで歩けない〜♪
♪時代の風が強過ぎて〜♪
小泉純一郎が自民党のテーマソングにしている『Forever Love』である。何回目になるだろうか、死亡者と禁止エリアを告げる放送の時間だった。

「感動したー!!久しぶりに熱くなったよー!!聞えるかー!!」

もはや、すっかりお馴染みになった小泉の声が響き渡る。

「このForever Love〜♪Forever Dream〜♪って所がいいよね!!一番盛り上がるよね!!それでは死んだ人を発表しまーす」

ネオ麦茶は考えをめぐらせていた。宅間は合図を送ってきたのだから死んでいないはず!名前を呼ばれるのは灯台グループくらいのものだろう。気になるのは麻原彰光と林真須美の生死と禁止エリアだけだ。

「今回は多いねー。・・・本来、放送では本名を呼ぶことになっていますが、私独自の呼び方で呼ぶことにします。そのように変えました。変えたいんだ!まず、弛緩剤を混入した看護士。それからハイジャックした航空マニア・・・」

3人は、洒落の効いた小泉の放送を半ば聞き流すように歩を進める。

「裁判では無罪になった薬害エイズのおじいちゃん。それと・・・和歌山カレー事件の熟女」

「やりぃ!!」
優勝候補と目されていた林真須美の脱落に、ネオ麦茶は歓喜した。

しかし、次の瞬間、事態は一気に暗転する。

「和歌山カレー事件の人の前に・・・2人死んでます。忘れてました。小学校に乱入して児童を殺害した学校キラーの2人!以上です。・・・名前で呼ばないと間違えちゃうね」

ネオ麦茶の目が見開かれた。



 

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