| 事件 - 概要 |
| 事件関連経過表 |
※年齢・学年・肩書きは当時※
※黒字はマスコミ報道&事実。赤字はあまり知られていない事実※ |
| 年 |
月 |
日 |
内容 |
| 1997年 |
2月 |
10日 |
16:30頃 神戸市須磨区中落合一丁目の路上で、市立南落合小6年の女児二人がショックハンマーで殴られ負傷。被害者側の希望により報道されず。 |
| 3月 |
16日 |
12:25頃 須磨区竜が台二丁目の路上で、市立竜が台小4年の山下彩花さん(10)が金づちで殴られ重体。10分後、竜が台五丁目の路上で、同小3年の女児(9)が刃物で腹を刺され重傷。 |
| 17日 |
自治会連絡組織の「竜が台連絡協議会」が緊急集会。竜が台小などで集団登校始まる。 |
| 19日 |
神戸市教委が市内341校園に安全確認徹底の緊急通達。 |
| 20日 |
竜が台地区の自治会などが「通り魔対策委員会」設置を決定。 |
| 23日 |
19:57頃 山下さんが脳挫傷のため入院先の病院で死亡。 |
| 24日 |
兵庫県警が須磨署に連続通り魔事件の捜査本部設置。 |
| 5月 |
24日 |
13:30頃 神戸市須磨区友が丘の加古川市民病院放射線技師の土師(はせ)守(41)の次男で、神戸市立多井畑(たいのはた)小6年の淳君(11)は、母親の近くに住む祖父の家に行く、と徒歩で自宅を出たまま、行方不明になる。
20:50 淳君の家族が須磨署に捜索願を出す。 |
| 25日 |
10:00 警察15人、保護者ら50人で捜索。 |
| 26日 |
午前 警察、消防団、PTAが再び捜索。
11:40 須磨署が公開捜査に踏み切る。 |
| 27日 |
6:42 市立友が丘中正門前で、淳君の切断された頭部を中学校の管理人が発見、通報。口には紙片(第1の挑戦状)が差し込まれており、「鬼」「薔薇」の2つの文字が判読可能。正門の塀の上に血痕が付着。
市立友が丘中学校では連絡網を通して730人の全校生徒を自宅に待機させ、事件を知らずに登校してきた生徒を自宅に帰るように指導した。
8:00 兵庫県警捜査一課が須磨署に捜査本部を設置。
15:00頃 淳君の胴体部分が中学校から西南約500メートル離れたところにある竜の山、通称「タンク山」の神戸市開発管理事業団ケーブルテレビアンテナ基地局内北側で見つかる。このとき、フェンス扉の南京錠がすり替えられていた。
神戸市教委が全市立学校に安全対策徹底を緊急通達。 |
| 28日 |
兵庫県警は、校門前に止まっていた黒いブルーバードや不審なRV車などの調査を進める。「警察の威信をかけた捜査」とキレつつ、意気込みを見せる。マスコミは連日報道。
須磨区内の学校で集団登下校。 |
| 30日 |
淳君の葬儀・告別式。同級生ら役550人が参列。
「竜が台ふれあい町づくり協議会」が8月までの祭りやキャンプなど行事の中止を決める。周辺でも行事の中止相次ぐ。 |
| 31日 |
午前 兵庫県防犯協会連合会が地元小学校3校に防犯ブザー1500個を無料配布。 |
| 6月 |
1日 |
警察庁の佐藤英彦・刑事局長が事件現場を視察。兵庫県の貝原俊民知事が捜査本部を訪れ捜査員を激励。 |
| 2日 |
午前 関口祐弘・警察庁長官が、全国警察本部長会議で「犯人の早期検挙を」と指示。 |
| 4日 |
11:00頃 神戸新聞社に犯行声明文が届く。
文部省が多井畑小など21校にスクールカウンセラーを緊急配置。 |
| 6日 |
00:30 神戸新聞社が会見し、犯行声明文を公開。21:00にも二度目の会見。 神戸新聞社「なぜわが社に・・・」
兵庫県が警察職員、教職員を除く須磨区在住の全職員にパトロールなど地域の防犯活動に参加するよう協力を依頼。 |
| 7日 |
京都府県管区機動隊が警戒対策班に加わる。
関口祐弘・警察庁長官が、「解決しないと警察は要らないと言われる」と檄を飛ばす。 |
| 9日 |
捜査本部が犯人像を「20歳〜40歳、身長170センチ前後」と見て捜査していることが判明。 |
| 10日 |
友が丘中学校に無言電話がかかり、同中とほか周辺小中学校にも現金5000万円を要求する脅迫状が届いていたことが判明。 |
| 11日 |
兵庫県議会が事件の早期解決を求める決議を全会一致で可決。 |
| 12日 |
兵庫県教委が、圏内の市郡町教育長と県立学校長に、生命の尊さを学ぶ教育の徹底などを求める通達を出す。
テレビの番組企画から生まれたグループ『生殺』のCDシングル発売延期を発表。 |
| 16日 |
須磨区役所が区内の仮設住宅全戸に防犯ブザーとホイッスルを配布開始。 |
| 17日 |
大阪府警管区機動隊が京都府警の応援組にかわり警戒対策班に加わる。 |
| 18日 |
兵庫県教職員組合が定期大会で「事件の早期解決を求め、事件現場になった学校教職員への支援体制を確立する」などとする特別決議を採択。 |
| 19日 |
文部省が全国の都道府県と政令指定都市の教育委員会の担当課長を集めた臨時会議を開き、子どもの安全確保を指示。 |
| 21日 |
米ホラー映画『スクリーム』の公開が延期。 |
| 23日 |
神戸市議会が事件の早期解決と児童・生徒の安全を守る決議を全会一致で可決。 |
| 24日 |
捜査本部は、犯人が淳君の名前をあらかじめ知っていた可能性が高いと判断。淳君は、「じゅんちゃん」と名前を呼ばれると、一瞬、気を許すことがあった。ところが、殺害当日の服のネームは姓だけで、しかも、最後に目撃された神戸市須磨区の北須磨公園周辺で淳君の名前を知っていた住民はごく限られていた。
福岡市でアルバイトの少年(当時19歳)が知り合いの女性に交際を迫り『挑戦状』を意識した手紙で脅迫。 |
| 25日 |
解剖結果などによると、(1)淳君の遺体の首に残った手の跡から、犯人が右手だけで首を絞めて殺害した。(2)遺体の骨や内臓に損傷がなく、着衣の乱れもなかった。(3)淳君のつめの間に残った微物からも、細胞組織は検出されていない、などの事実が判明。
これらのことから、捜査本部は、犯人が事前に親しくなるなど周到な準備をして犯行に及び、淳君をいきなり襲ったと見る。
友が丘中の富士越登教頭が事件後初めて会見し「学校への恨みに思い当たるふしはない」などと述べる。多井畑小の橋本厚子校長は「1日も早く解決を」と涙の記者会見。 |
| 27日 |
岡山県の男性が「大阪市内のプロバイダーを通じて開設されたHPに、<酒><鬼>などの文字が書かれているのを同年2月ごろに見た」と証言。捜査本部は、プロバイダーからデータの提出を受け分析を進めていたが、その結果、捜査本部はこのHPに書き込みをした複数のユーザーの割り出しに成功。事情を聞くなどしたが、問題の文字を書き込んだ人はおらず、文字を見た人もいないことが確認された。プロバイダーの証言などから、赤い文字で<愛><死ぬ>といった言葉を書き込んだユーザーがいたことが判明。言葉が不適切だとして、プロバイダーとその人物が相談のうえ、同年2月ごろになって消していたことも判明。
こうしたことから捜査本部は、岡山県の男性は、この「愛」「死ぬ」という赤い文字を勘違いしたと判断。
捜査本部に全国から寄せられた情報は3000件を超え、捜査員も3500人を動員。さらに、警戒要員として、機動隊員ら約400人を連日投入する。
橋本龍太郎首相が「あらゆる警察力、政治の力を動員して解決してほしい」と、異例の指示。 |
| 28日 |
朝 神戸市の朝の最低気温は6時20分の二二・〇度。
9:00 山下征士・県警捜査一課長が自宅前で報道陣を前に「今日はこのまま須磨(署)に行きますわ」と言って乗用車に乗り込む。
14:00 タンク山の東側入り口付近で捜査員が通行人の聞き込みを続ける。
15:00 地元の北須磨団地自治会の婦人会は台風が近づく中、約三十人がいつも通り、友が丘地区周辺をパトロールした。
17:00 小林敏恭・須磨署長が所長室で報道陣と雑談。淳君事件で捜査員が休みを取れるかと問われ「まだ無理やろう。長期戦やろうしな」
18:45 台風8号が神戸市に接近。同市中央区の神戸海岸気象台で最大瞬間風速二五・七メートルを記録。
19:00 風雨が強まったため、地元の北須磨団地自治会では、東部地区の夜間パトロールを中止した。西部地区はいつもの通りに実施した。
19:05 捜査本部が、殺人、死体遺棄の容疑で逮捕令状を執行する。殺害から35日と約5時間が過ぎていた。
19:10 警察庁幹部に兵庫県警から「容疑者逮捕」の連絡が入る。
20:00 容疑者の自宅を家宅捜索。凶器のナイフなどを押収。
20:30すぎ 兵庫県警広報課が各報道期間に「9時半から須磨署で会見を開きます」と電話連絡。
20:36頃 まもなくNHKの速報で「容疑者逮捕」のテロップが流れる。「男子中学生。14歳の少年」
20:40 住民組織の竜が台連絡協議会の合田晴雄会長(48)は、テレビ放送のテロップで逮捕を知る。「通り魔との関連がはっきりしていない。まだ手放しでは安心できない」
20:44 AFPが容疑者逮捕を東京発で世界に打電。「至急報―日本の警察は神戸の残虐殺人の容疑者を逮捕」。ロイター通信も打電し、容疑者を、「日本の厳しい教育制度に復讐しようとする14歳の少年」と表現。
21:00 淳君が通っていた多井畑小学校に、教職員が続々出勤してきた。一階の一室に明かりがつき、臨時の教職員会議が続く。どこかへ急いで出かけてゆく職員もいた。校門前には報道陣が詰めかける。
21:10 ニュースを見た近所の人々が捜査本部の置かれた須磨署に集まる。約二百人が入り口前を取り囲み、台風の暴風の中、須磨署前で生中継するリポーターを野次馬が押しのけカメラに向かってVサイン、赤ちゃんを抱き上げてカメラに移す母親、ケータイでしゃべる等、お祭り騒ぎ。騒然とした雰囲気に。
21:20 自宅から駆けつけた山口芳弘・神戸市教委指導第一課長は報道陣からの質問に対し、「今、頭が混乱している。かんべんしてほしい!」
21:35 捜査本部の置かれた須磨署で、山下征士・兵庫県警捜査一課長が会見を始める。
「被疑者は神戸市須磨区居住の中学3年生。A少年。男性。14歳です」「ホラービデオや漫画などを押収」
― 凶器は?
「ナイフ、等」
― 動機は? ― 逮捕の端緒は?
「今後、重大な関心を持って取り調べます!」(5分で終了)
文部省の加茂川幸夫・中学校課長は臨時ニュースが終わるやいなや、「とんでもないことになった」と東京・世田谷区の自宅を飛び出し、霜が関の職場へ駆けつけた。
22:00すぎ 同課長は、自席で兵庫県教委、神戸市教委との連絡や、報道対応などに追われながら、「中学生逮捕のニュース」がまだ信じられない様子だった。
「どうしたら、中学生がこんな凶悪事件に関わることができるのか。本当に、あの手紙を中学生が書いたのだろうか・・・・・・」
22:05 地元の北須磨団地自治会は自治会館で緊急役員会を招集。ある役員は「警察から連絡がなく、中学三年生と言っても誰なのか分からない!」
マスコミ「心外!?心外ですか!?」
石田一一(かずいち)会長「心外だ。それ以外、何もいうことはない」
22:30すぎ 神戸市営地下鉄妙法寺駅で号外配布。
22:40 鞍本昌男・市教委ら幹部が会見。「非常にショックを受けている」言葉少な。
22:40 梶山静六官房長官が「容疑者が中学生ということであり、複雑な気持ち」
小杉隆文相らが未明まで会議し、中教審に幼児期からの「心の教育」諮問を閣議報告。 |
| 29日 |
0:30 神戸新聞社記者会見。犯行声明文のカラー写真を公開。
午後 県警が少年を神戸地検に送検。地検は神戸地裁に須磨署での10日間の拘置を請求し、認められる。
午後 神戸弁護士会の3人の弁護士が少年とイヤイヤ接見、弁護人に選任される。野口弁護士:「少年の心が掴めない」
橋本首相が教育改革の見直しを表明。梶山静六官房長官が記者会見で「少年法の改正、見直し必要」と発言。
橋本首相:「冷静に」
ネット上で少年の実名らしき名前が複数流れる。某新聞の「インターネットに実名」の詳細な報道により、どれが本名であるかが特定される。(経緯:遊撃インターネット)
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| 30日 |
少年弁護団3人が拘置決定の取り消しを求めて地裁に準抗告したが棄却される。
神戸市教委が市内の小中学校の校長らを集めた緊急校園長会を開き、児童・生徒らの動揺を鎮めるよう指示。 |
| 7月 |
1日 |
梶山官房長官が閣議後の記者会見で「少年法改正」に言及。
武藤総務庁長官「テレビ、出版、ビデオの規制を」
松浦法相「感情論で軽率な考えを出さない方が良い」
新潮社発行の写真週刊誌「フォーカス」が、2日発売の誌上に少年の顔写真を掲載することが判明。この問題がマスメディアあげての壮絶な「フォーカス」バッシングに発展。
前夜から未明にかけてマスコミの"取材"に名を借りた脅しの電話が大半の販売業者に片っぱしから入り、ビビった大手書店、キオスク、コンビニなどは販売自粛。
神戸弁護士会は「少年法に反し甚だしい人権侵害」とする抗議の申入書をファックスで送る。 |
| 2日 |
フォーカス発売。新潮社は「回収しない」と決定。一部販売した書店では全て売り切れる。
神戸市と神戸市教委が顔写真掲載問題で新潮社に抗議。日弁連も抗議声明。橋本首相も「非常に問題だ」とコメント。
新潮社の「週刊新潮」が、3日発売の誌上で少年の顔写真を目隠し入りで掲載することが分かる。神戸弁護士会が発売中止を申し入れる。
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| 3日 |
「週刊新潮」発売。神戸市、神戸市教委が、新潮社に週刊新潮問題で再度抗議文を送る。友が丘中学校PTA、兵庫県、兵庫県教委も2誌の顔写真掲載問題で新潮社に抗議。
『フォーカス』に掲載された少年の写真と記事を複写し、販売するなどといったことが全国で10件ほど起こる。中には飲食店のショーケースに、同誌のその記事部分を展示していた例も。これらの事例は各法務局が説得した上で止めさせる。 |
| 4日 |
東京法務局が初の回収勧告。新潮社は会見し、回収勧告を拒否。
田島一昌編集長(『フォーカス』):「社会的影響力の大きいきわめて特異な事件で、少年法の枠を超えている」「販売中止が広がっている上、販売した店ではすでに売れているので回収する現実の利益がない」「私たちの報道が間違っていたとは思えない」
松田宏編集長(『週間新潮』):「なぜ問題になるのか理解できない」
日本図書館協会がフォーカス事件の見解を発表。
友が丘中学の岩田信義校長が過去3年に9件の体罰があったことを発表。が、少年には体罰はなかったと否定。 |
| 5日 |
少年の弁護団が弁護人を3人から8人に増員するよう求めたのに対し、神戸地裁は5人への増員を認める。
佐田玄一郎・文部政務次官らが神戸市を訪れ、神戸市教委、兵庫県教委から事件の対応について説明を受ける。 |
| 6日 |
13:50頃 兵庫県警が淳君の自宅近くの向畑ノ池をポンプで水を抜いて捜索。少年の供述通り、遺体切断に使われた金のこが見つかる。
神戸新聞社に送られた第2の挑戦状の集計用紙2枚の欄外の右上に書かれた<9>は、「淳君で9人目」という意味であることが、少年の供述で分かる。Aは3月の通り魔事件で被害に遭った2人の女児は「7」「8」としていた。(供述調書にはそうは書いてないから、ガセっぽい)
酒鬼薔薇関連のサイトが次々と謎の消滅。(詳細:1、2) |
| 7日 |
新聞・TVなどの少年の年齢表記が少年(14)→(15)へ変わる。変え損ねているところもちらほら。
少年と同じ名字の近所の家に6月末から無言電話など悪質ないたずら電話が数100回かかっていたことが判明。 |
| 8日 |
地検が10日間の拘置延長を地裁に申請し認められる。弁護団は再び拘置決定の取り消しを求めて地裁に準抗告。後に棄却され最高裁への特別抗告も棄却される。
神戸弁護士会が少年の弁護団の窓口となる「須磨友が丘事件対策協議会」を設置。報道が過熱していることに対し、人権に配慮した慎重な報道を要望する声明を発表。
「FOCUS」「週刊新潮」2誌に広告を掲載していた企業が新潮社の出版物への広告を取り止める動きあり。 |
| 9日 |
10:20頃 向畑ノ池の捜索で、2月、3月の連続通り魔事件に使われた金づち(全長約30cm、ヘッド部分は鉄製で全長約10cm、直径約5cm、柄も鉄製で手で握る部分は滑りにくいようにゴムで覆われている)とショックハンマー、刃物が白いテープに巻かれて見つかる。南京錠は発見されないまま池の捜索は打ち切られる。
少年の弁護団が須磨署と地検に取り調べへの立会いを求める。
作家の灰谷健次郎が『フォーカス』に抗議文を寄稿。「一出版社が、ひとつの出来事をとらえて、法の枠を越えていると判断する権利も権限もあるはずがない」 |
| 10日 |
少年の弁護団が少年の拘置場所を須磨署から神戸少年鑑別所に移すよう地裁に申し入れる。
衆院文教委員会で有害図書、ビデオ取締りやTV、インターネットの有害情報を規制する意見相次ぐ。 |
| 11日 |
午前 県警が少年をマイクロバスに乗せたまま、友が丘中学、向畑ノ池などを実況見分。マイクロバスは、前後をパトカーと捜査車両4台に挟まれて同中正門前や遺体が置かれたタンク山周辺、金ノコギリなどの凶器を捨てた向畑ノ池などで数分間ずつ停車。少年は車外に出ず。 |
| 14日 |
福井県教委が、フォーカスをコピーして教材に使った県立高校経論を口頭で指導。 |
| 15日 |
9:37 県警が2月、3月の連続通り魔事件で少年を殺人などの疑いで再逮捕。
日本ペンクラブ会長がフォーカス事件について声明を発表。 |
| 16日 |
午前 県警が連続通り魔事件で少年の身柄を送検。地検が地裁に10日間の拘置を請求し認められる。弁護団は耕地決定の取り消しを求めて準抗告。後に棄却され、最高裁への特別抗告も棄却される。
衆院文教委員会が事件について審議。
県内の市郡長の教育長を対象に緊急全県教育長会議を開く。
栗原高志・県教育長が心の教育の再検討と再発防止に向けた会議の設置を表明。
作家の灰谷健次郎がフォーカスの顔写真掲載に抗議し、新潮社から出版している文庫本、単行本約30点の版権引き揚げを発表。灰谷は新潮社の売上ベスト5に入る売れっ子の作家で、一方灰谷は収入の2/3を新潮社から得ていた。 |
| 17日 |
県警が須磨署内で淳君事件を再現する実況見分。 |
| 18日 |
淳君事件の拘置期限。地検は処分を保留し、2月、3月の通り魔事件と一括して階差送致へ。
「愛するバモイドオキ神様へ」などと書いた少年の「犯行メモ」が朝日新聞によって作り変えられ報道される。
兵庫県教委と神戸市教委が共同で、事件にかかわる教育課題や対応策を探る「心の教育緊急会議」の設置を決める。 |
| 23日 |
少年の弁護団が、報道関係者に対し少年法の精神を守った冷静な報道を呼びかける。 |
| 24日 |
午後 県警が連続通り魔事件で少年をバスに乗せて実況見分。
自民党の「少年の犯罪防止と健全育成に関する特別委員会」の初会合。現行少年法が「保護・育成の観点に偏り過ぎ」との意見が相次ぐ。
法務省が1965年以降に殺人や強盗など凶悪事件を起こした14、15歳の少年40人のその後の動向調査を発表。「17人が再び罪を犯したが、罪名の多くは窃盗などで凶悪事件に分類されるのは1件だけ」 |
| 25日 |
10:54 地検が連続通り魔事件、男児殺害事件の書類を一括して神戸家裁に送致。「少年院送致が相当」との意見書もつけた。
午後 地検が少年の身柄を家裁に送致。記者会見で「祖母の死が一連の犯行のきっかけ」「最後まで心を開いてくれなかった」などと発表。
通り魔事件の被害者・山下彩花さんの母、京子さんが初の手記発表。
16:00頃 家裁は少年について2週間の観護措置を決め、身柄を神戸少年鑑別所に収容。事件を相当する家裁調査官は4人。少年の付添人は5人と異例の態勢。
県警捜査本部が解散。
神戸市教委が、少年の指導にかかわった小中学校時代の経論10数人から聞き取り調査を開始。 |
| 28日 |
法務省が、少年院の収容期間を「原則2年、延長1年」としていた矯正局長通達について「少年院法では20歳まで収容でき運用は通達に縛られない」と、長期の処遇も可能とする通知を全国の少年院長らに出す。 |
| 8月 |
1日 |
午後 家裁は少年の審判開始を決定。
連続ピストル射殺魔事件の犯人の永山則夫(逮捕時 19)の死刑執行。少年法批判を回避する「法務省のデモンストレーション」と批判される。 |
| 2日 |
「心の教育緊急会議」の第一回会議が開かれる。 |
| 4日 |
第一回少年審判開始。裁判官は井垣康弘裁判官。裁判官歴30年というベテラン。
審判の直前、弁護団が少年に「筆跡鑑定が、『同一人物の筆跡か否か判断するのは困難』との結論を出していたことを伝える。(捜査本部は、「物的証拠はあるのですか?」と尋ねた少年に対して、「証拠を出されてから自白すると極悪人になるぞ」とした上で、「筆跡鑑定というのがある、これはお前が書いたものだという結果が出てる。素人にもわかる」と騙し、自白を迫った)
少年は「騙された」と、珍しく感情をあらわにし、憤慨した。
野口「少年は筆跡を隠したにも関わらず自分を追い詰めた警察に対しある意味敬意を表していたのです」
午後 審判では人定質問、非行事実の告知などをする。少年は
「お答えできません」 と認否を保留。60日間の精神鑑定を決定。
小杉文相が中央教育審議会に「幼児期からの心の教育のあり方」について諮問。 |
| 19日 |
3月の連続通り魔事件で死傷した2女児の両親宛てに、少年の両親から謝罪の手紙が届いたことが明らかになる。手紙は14日付。土師家にも手紙が届く。 |
| 21日 |
日本雑誌協会が法務省のフォーカス回収勧告に抗議の声明を発表。 |
| 28日 |
少年法の改正を求める一部の声を受け、自民党法務部会が「少年法検討小委員会」の設置を決定。 |
| 9月 |
6日 |
神戸市教育長が学者や教員ら15人に諮問した「神戸市教育問題検討会」の第一回会合を開く。 |
| 9日 |
法務省が少年院の収容期間について「原則2年、延長1年」とした通達を見直し、個別の事情に合わせて2年以上の収容も可能とする通達を出す。 |
| 18日 |
夜 3月の通り魔事件で亡くなった彩花さんの両親と少年の両親が弁護士立会いのもとで、面会。(『彩花へ -「生きる力」をありがとう』129-134ページに山下さんから見たその時の詳細がある)この面会は少年の両親からの強い希望で絶対口外しないことになっていが、後に裁判所側から漏れる。 |
| 26日 |
連続通り魔事件の後、少年が「懲役13年」と題した作文を書いていたことが判明。
光村図書出版が、小学6年用国語教科書の「風の強い日」という教材で「ブリキの看板がぼくの首をちょんぎりそうな勢いで」などの記述を差し替える。 |
| 27日 |
『フォーカス』の少年の顔写真掲載号を複写し押し売りしていた暴力団員がいたことが判明。売れたのは50部ほどで、儲けはわずか3000円。 |
| 28日 |
「懲役13年」の全文が各誌でスクープされる。 |
| 10月 |
1日 |
大量虐殺を描き、新聞連載中に事件とのシンクロニシティを取り沙汰された村上龍の『イン・ザ・ミソスープ』が刊行される。 |
| 2日 |
9:30 精神鑑定が終わり、鑑定人の精神科医2人が鑑定書を家裁に提出。家裁は新たに2週間の観護措置をとり、少年を引き続き少年鑑別所に収容。
神戸家裁の萩原昌三郎・所長が、鑑定結果が事前に報道されたことに対し「過熱した報道は控えてほしい」と、神戸司法記者クラブに申し入れ。 |
| 6日 |
13:30 第二回審判。付添人弁護士は「県警は犯行声明文などの筆跡が一致したと偽って少年から自供を得た」として、男児殺害事件の供述証拠の排除を申し立てる。
裁判長による尋問も行われたが、詳細は不明。(両親は出席しなくてよいという通達があったため出席せず) |
| 9日 |
14:30 第三回審判。少年の両親と鑑定人が出席。少年は5月の男児殺害については殺意を認めるが、3月の通り魔事件については殺意を否認。
その後、性格分析について話が及ぶため少年は途中で退室。
鑑定人は少年は周囲の出来事に対する認識能力に欠けると指摘。母親も「息子は善悪の区別がつかない」と語った。 |
| 13日 |
13:30 第四回審判。少年本人と弁護人、両親が出席。証拠調べなど終了。
これまでのしつけや生い立ちについてなどの裁判官の尋問は母親に集中。少年の社会復帰後、管理する能力があるかを問いただす。井垣康弘裁判官は17日をもって審判を終了することを表明。当初予定されていた友が丘中学教師の尋問も「裁判所の調査だけで十分」として、見送られる。
少年の鑑別所収容期間は10月18日までに延長される。 |
| 17日 |
13:30 第五回審判。少年本人、付添い人5人、両親、裁判官、書記官らが出席。
14:52 鑑定書に添えられた意見書と、弁護団が裁判所に提出した意見書の趣旨通り、少年に「医療少年院送致」を決定。
井垣康弘裁判官は最後に「いつの日か、男子生徒が更生し、被害者・被害者の遺族に心からわびる日の来ることを祈っている」と記す。審判にかかわったすべての人の思いをこの言葉に込めた、という。母親は「今日、この審判廷で息子が生まれたと思って、もう一度最初から育てたい」と泣く。そのとき無表情の少年の頬に、わずかに赤みがさしたという。
井垣康弘裁判官は「社会の注目を集めた事件であり、正確な報道のための資料提供の観点から」、『処分決定要旨』を公表する。収容先も関東医療少年院に収容する、と異例の公表をした。
少年の弁護団は記者会見し、少年の両親から寄せられたコメントを読み上げる。「少年は自らをコントロールする力に著しく欠けており、少年にとって望ましい処遇だ」と語り、さらに少年が鑑別所に面会に来た母親に涙を流して謝罪したことや、男児殺害後の5月下旬に祖母の墓参りに行ったこと(「少年Aこの子を生んで・・・」では、「結局墓参りには行けず終いでしたが・・・」と書いてあるから、多分、シンが母親に「おばあちゃんの墓参りがしたい」って言ったのをマスコミが拡大解釈したんじゃないかと思う)などを紹介する。
野口:「少年が殺人ゲームを楽しんだというのは誤り。彼なりに罪の意識に悩んでいる」
処分言い渡しを聞いたときの少年の様子について
「決定の意味することは理解している。しかし、非常にコミュニケーションを取りにくい子供で、外面からはどのように感じているかわからなかった」
事件の教訓について
「少年の抱えていた深刻な問題点を周囲が十分に理解できずに、結果的に不適切な指導がなされた。いろいろなマイナスの環境が複雑にからみあって犯行に至った」「ひとつひとつのマイナス要因は、どこにでもありそうなもの。それが、彼の傷つきやすい性格とかコミュニケーションが取りにくい性格、愛されていない、評価されていないという思いなどに重なってしまったのではないかと思う」
マスコミ報道について
「異常な過熱ぶりで多くの行き過ぎがあった。先を争ったセンセーショナルな報道は、報道の自由の名を借りた乱用で、容疑者、被害者の人権を無視するものだ」
土師淳の父 守:「できれば審判に出て意見を述べたい」コメント
山下彩花さんの母 京子さん:
「形の上では終わりでも、一生忘れることはありません」
山下さんが9月18日夜、少年の両親に会っていたことが「処分決定要旨」によって判明。
(18日〜19日)関東医療サイドでは、騒ぎになり日課を変えて、収容者を房に閉じ込めたまま教官らが一日中会議を開く。藤純隆教官「オメ〜ら余計なこと気にすんじゃね〜ぞ!藤先生がいるから、何も心配いらね〜ぞ!!」(牢獄情報) |
| 20日 |
少年を関東医療少年院(東京都府中市)へ移送。午前6時神戸鑑別所を出発し、午後1時頃到着。 |
| 23日 |
午前 少年の弁護団が、処分の公表内容が詳しすぎるとして、神戸家裁に抗議。 |
| 11月 |
25日 |
革マル派活動家の砂川孝子(41)が関東医療少年院に侵入。指名手配を受け、数日後「指名手配されるいわれはない」と警察署に出頭してきたところを逮捕。 |
| 12月 |
16日 |
山下京子さんの手記『彩花へ「生きる力」ありがとう』が河出書房新社から刊行される。最後の少年に宛てた手紙が感動を誘い、多くの人を魅了する。 |
| 1998年 |
1月 |
24日 |
14歳の心の闇を探ったNHKの同名スペシャル番組をまとめた『14歳・心の風景』がNHK出版から刊行される。 |
| 28日 |
栃木県黒磯市の市立黒磯北中学校で、英語担当の腰塚佳代子教諭(26)が、授業に遅れて教室に入ってきた1年生の男子生徒(13)を注意したところ、バタフライナイフで刺され、死亡。初めは、腰塚教諭を驚かしてやろうとナイフを突き出したが、教諭がひるまなかったのでバカにされたと思い、刺したと供述。(後にこの犯人は関東医療に来て、酒鬼薔薇と事件について語る) |
| 2月 |
1日 |
東京・江東区で中学3年生がナイフで交番の警官を襲い、ケガを負わせる事件が起きる。 |
| 9日 |
10日発売の『文藝春秋』3月号に門外不出のはずの検事調書が掲載されることが判明。これに対し、最高裁と神戸家裁は「少年法の趣旨に反し甚だ遺憾」と夜、販売中止を申し入れる。 |
| 10日 |
『文藝春秋』3月号発売。東京、大阪の地下鉄や一部私鉄の駅売店では不売。また、各地の公立図書館でも閲覧の停止措置を取った。
最高裁家庭局長が文藝春秋に抗議書を送ったことを発表。法務省は調書流出の経緯について捜査を始める。
土師淳の誕生日。事件最初の犯行日。
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| 12日 |
神戸弁護士会が「記事掲載は知る権利に名を借りた暴挙」として、抗議するとともに雑誌の回収を求める申入書を文藝春秋社に送付。 |
| 18日 |
文藝春秋社が、販売中止を要請した最高裁家庭局長と神戸家裁所長に「どんな権限で販売中止を要求したのか」など七点について質問状を送る。 |
| 19日 |
日本弁護士連合会が「文芸春秋」「新潮45」各紙に対する会長声明を。 |
| 20日 |
橋本首相が参院本会議で、「文藝春秋」が少年の供述調書を掲載したことなどについて、「少年法上問題がある」 |
| 23日 |
警視庁公安部が、1月に革マル派アジトを家宅捜索した際、14,000個にのぼる鍵や400個の印鑑などとともに押収したフロッピーディスクに、この事件の少年の検事調書の内容が記録されていたことが判明する。同派は事件発生直後から、事件が「国家権力による謀略」と機関紙『解放』などで主張している。今も!! |
| 24日 |
『文藝春秋』に掲載された検事調書と同内容の文書が前年10月、共同通信社、産経新聞、TBSに送られ、三社が検察当局に任意提出していたことが判明。 |
| 25日 |
少年の供述調書の内容が革マル派のアジトから押収されたフロッピーディスクに記録されていたことについて、革マル派が記者会見し、「運動に共鳴する人からフロッピーディスクに入った形で今年初めに送られてきた」と説明。 |
| 3月 |
4日 |
写真週刊誌「フォーカス」(新潮社)が、少年が書いたとみられる実物の「犯行ノート」のコピーなどを掲載。新聞各社「今度は「犯行ノート」」と報じる。
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| 10日 |
神戸弁護士会が「犯行ノート」の掲載について新潮社に抗議の申入書を郵送。
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| 13日 |
友が丘中学校の卒業式の当日、退職を数日後に控えていた同校校長の岩田信義(63)は式終了後、ストリップ見物に出かけ、その一部始終を『フォーカス』にスクープされ、教育委員会から叱られて定年後に児童館の館長になるという再就職が不可能になる。
岩田校長:「迂闊だった」
少年も校長の裁量で卒業を認められる。卒業式には、少年の名前が呼ばれ、出席番号が次の生徒が少年の分の卒業証書も受け取る。
夕方のニュース:「卒業アルバムには写真は載ってないそうです」
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| 24日 |
土師淳君が通っていた神戸市須磨区の市立多井畑小学校で卒業式。淳君の卒業証書は同級生が受け取る。
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| 4月 |
7日 |
革マル派の非公然活動家が神戸市の病院に忍び込んで調書をコピーするなどしたとして、警視庁公安部が実行グループのうち六人について建造物侵入と窃盗容疑で逮捕状を用意し、全国区に指名手配。
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| 8日 |
FOCUSが何者かによって流出した少年の「指導要録」の一部を掲載。指導要録は本人が開示請求してさえ公開されない極秘文書。「神戸市教育問題検討会」に提供した資料の一部とみられる。
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| 16日 |
「文藝春秋」供述調書掲載問題で、法務省が、再発防止策の作成と関係者への謝罪などを勧告。
文藝春秋:「勧告には耳を傾けるが、報道・出版の自由として許容される範囲を踏み越えてはいないと信じている」
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| 5月 |
9日 |
東京医科歯科大学の相談室を中心に被害者支援ネットワーク結成。 |
| 7月 |
17日 |
少年のいる関東医療少年院や被害者児童の解剖を担当した神戸大学医学部に忍び込んだとして、警視庁公安部が革マル派の非公然活動家五人の逮捕状を取り、全国に指名手配。 |
| 28日 |
法制審議会少年法部会が二十二年ぶりに再開。 |
| 8月 |
26日 |
土師淳君の両親が、少年とその両親を相手取り、総額約一億四百万円の損害賠償を求める民事訴訟を神戸地裁に起こす。提訴にあたっての土師守のコメント |
| 9月 |
15日 |
土師守が手記『淳』(新潮社)を出版。出版にあたっての土師守のコメント |
| 10月 |
16日 |
民事訴訟の第一回口頭弁論で、被告の少年側が「事実を認め、和解を希望する」との答弁書を提出。森本翅充裁判長の勧告で次回から和解協議に。 |
| 11月 |
24日 |
民事訴訟の一回目の和解協議が神戸地裁で開かれる。 |
| 12月 |
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「ゴールドラッシュ」発売。 |
| 10日 |
山下京子さんが二冊目の手記『彩花へ、ふたたび---あなたがいてくれるから』(河出書房新社)を出版。 |
| 17日 |
民事訴訟の二回目の和解協議。少年側が賠償金の支払い方法を提示。 |
| 21日 |
少年の付添人を務めた神戸弁護士会の野口義國弁護士が、少年とのやりとりなどを書いた『それでも少年を罰しますか』(共同通信社)を出版。加害者側からは初の手記。 |
| 1999年 |
1月 |
21日 |
法制審議会、少年法の改正を法相に答申。 |
| 3月 |
8日 |
土師淳君の両親と少年側の和解協議がまとまらず、神戸地裁が協議を打ち切る。 |
| 11日 |
神戸地裁が土師淳君の両親の請求を認め、少年とその両親に対して約1億420万円の支払いを命じる判決を言い渡す。
土師守からコメント |
| 24日 |
山下彩花さんが通っていた神戸市須磨区の市立竜が台小学校で卒業式。彩花さんの両親に卒業証書が手渡される。 |
| 4月 |
10日 |
少年の両親が手記『「少年A」この子を生んで・・・・・・』(文藝春秋)を出版。 |
| 8月 |
9日 |
酒鬼薔薇になりたかった少年(17)による愛知県西尾市ストーカー殺人事件発生。犯人は同学年の酒鬼薔薇を尊敬し、倣い、悪い自分を「猛末期頽死(もうまっきたいし)」と名づけ、「一線を越えた」と酒鬼薔薇が使った言葉を頻繁に使い、「6月28日は酒鬼薔薇が逮捕された記念日なので悪事を実行する」など、その傾倒ぶりを日記帳に書き記していた。 |
| 12月 |
21日 |
京都府日野小学校で小2男児が刺殺、犯行声明文が現場にまかれるという「てるくはのる事件」が発生。犯行の形態や犯行声明文などから酒鬼薔薇事件を想起させる事件だと話題になる。犯行声明文の稚拙さから神戸の少年より年齢が低い、あるいは知的レベルが低いと言われるが、翌年2月5日、犯人は21歳の男性と判明。容疑者は自殺。 |
| 2000年 |
1月 |
19日 |
山下彩花さんの両親と少年の両親との間で、約8000万円の慰謝料を支払うことで和解が成立していたことが判明する。同日に腹部を負傷した小学3年生の両親との間でも約2000万円の慰謝料を支払うことで和解が成立していた。 |
| 4月 |
25日 |
「A少年の人身保護を求める会」は、少年が関東医療少年院に入院した直後から、5次に渡る保護請求裁判を続けてきたが、この日、最高裁は特別抗告を棄却する決定を行う。 |
| 5月 |
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岩田信義元校長が『校長は見た! 酒鬼薔薇事件の「深層」』を書房から刊行。「局舎の下に遺体はあったのか、警察犬が気付かなかったのは何故なのか、「懲役13年」なる文章は少年には書けない。校長の私にも書けない」などの内容で冤罪の可能性を訴えている。以前にもこの元校長は、ペンネームで「小説酒鬼薔薇事件」を小説雑誌に発表したり、マスコミ批判をテーマにした論文などを次々と投稿し続けていた。 |
| 1日 |
愛知豊川市で17歳が主婦(65)の顔や首など40ヶ所を刃物で刺して死亡させ、帰宅した夫(当時67歳)をも負傷させて逃亡したが、翌日逮捕される。「人を殺す経験がしたかった」「恨みがあったら殺せませんよ」と笑い、アスペルガー症候群と診断され、12月28日、関東医療少年院へ送られる。酒鬼薔薇と同じ4階寮所属と思われる。お互い認知しているのは確実。 |
| 3日 |
西鉄バスジャック事件発生。
谷口誠一(17):「酒鬼薔薇は神。医療少年院へ行って彼に会い、救い出し、一緒にどこか遠いところへ行って少年の王国を作りたい」←こんな発言をしたために関東医療には行けず、京都医療に送られ、悔しがる。
立て続けに「17歳による凶行が起き、この世代は「酒鬼薔薇世代」と呼ばれるように。 |
| 23日 |
『朝日新聞』朝刊に、「加害少年の心境変化。『社会の人間の中で生きたい』」の見出し。少年は事件直後は自殺をほのめかすこともあったが、前年くらいから徐々に心を開き始めたという。少年院では5年半程度の処置計画を立てているが、「普通の仕事をして、人間の中で生きたい」とも語り始めたという。 |
| 11月 |
28日 |
事件が契機となり、改正少年法(刑事責任を問える年齢を14歳から16歳に引き上げ 等)が成立。
事件を審理した井垣康弘裁判官の寄稿文。(神戸新聞社提供) |
| 2001年 |
4月 |
1日 |
改正少年法施行。 |
| 25日 |
「A少年の人身保護を求める会」が、少年が関東医療少年院に入院した直後から、5度の保護請求裁判を起こしていたが、最高裁に特別抗告を棄却される。 |
| 11月 |
27日 |
少年を東京・府中市の関東医療少年院から東北少年院(仙台市)に移送。 |
| 12月 |
頃 |
東北少年院で、A少年は特別扱いされず、傷害事件を起こした一九歳の一院生として扱われることになる。一クラス二十名の集団に入り、四人部屋での生活をする。
第一期の「新入時教育」の時、A少年は「生意気だ」と因縁をつけられ、靴を踏まれたり、殴られたりと、毎日のように軽いいじめのような洗礼を受け、「ちょっときつい」「しんどいです」などと弱音を漏らす。 |
| 19日 |
少年が関東医療から中等少年院に移されていたことが関係者の話で判明。本格的な社会復帰の準備のため、一般的な集団の中で「様々なストレスを受け、耐える訓練が必要」。 |
| 2002年 |
2月 |
26日 |
関東医療少年院で2月14日と、前年9月18日に2人の少年が自殺していたことが判明。同院は、9月までの十数年間は自殺者はなかったとコメント。
「2人の性別、年齢、遺書の内容は明かせない。収容少年のほとんどが何らかの精神疾患をもっており、動機などは分からない面がある。少年の心情を把握するとともに、居室を改善するなどして再発を防ぎたい」
→掲示板での反応を見る |
| ?日 |
東北少年院での「中間教育」に差し掛かると次第に落ち着きを取り戻すようになる。 「いちいちむかついていても始まらない」 A少年は職業訓練に熱心に打ち込み、溶接科や建築科などで複数の技能資格を修得し、行動をともにする友人らしき存在も出来た。 |
| 3月 |
| 20日 |
東京地裁は1997年11月、少年が収容されていた関東医療少年院に侵入したとして建造物侵入罪に問われた革マル派活動家の砂川孝子被告(44)に対し懲役2年6ヶ月・執行猶予4年(求刑・懲役3年)を言い渡す。
服部悟裁判長:「少年院の2階まで侵入し、庁舎の構造や監視カメラの有無を調べるなど態様は悪質」
判決によると砂川被告は少年の両親と接触する下調べのため、親族を装って同少年院に侵入。また同年3月、千葉県内で警視庁の無線を傍受し通信内容を仲間に伝えた。革マル派は事件について「少年は冤罪で事件は国家権力の謀略」と主張している。 |
| 5月 |
21日 |
中等少年院が収容継続を申し立てるであろうことが判明。精神科医の鑑定などから、さらに長期的処遇が必要と判断。
→掲示板での反応を見る
→週刊新潮の記事「20歳になっても退院できない「少年A」(02.6.6)を見る |
| 22日 |
土師守(43)が手記を発表。 |
| 7月 |
7日 |
少年が誕生日を迎え、20歳になって成人する。新聞の表記が少年→男性と変わる。 |
| 12日 |
少年が収容年齢期限の20歳を迎え、収容継続の申し立てを受けて再審判を進めていた神戸家裁(井垣康弘裁判官)は、少年院での処遇と保護観察の期間を合わせ約2年半(2004年12月31日まで)の継続収容が相当とする決定をし、少年に伝える。
→掲示板での反応を見る |
| 12月 |
3日 |
同年11月上旬、再び関東医療少年院へ移されていたことが判明。中等少年院で溶接工の免許などを取得。他の収容者との人間関係構築なども含め、技能取得を柱とした社会復帰のための訓練をこなした。 |
| 7日 |
22:42頃 TBSのブロードキャスターで ▽”神戸少年A”心の闇を独自入手 と中等少年院の調査報告書の内容を特集。(大阪毎日新聞) |
| 26日 |
警視庁公安部と北海道警はAの検事調書を盗んだとして、札幌市中央区の革マル派のアジトに潜伏していた非公然活動家の幹部の塩田明男(当時56歳)ら5人を1997年(平成9年)9月にAの精神鑑定をした医師が勤める神戸市の兵庫県立光風病院に侵入し、院長室に保管されていた検事調書の写しなど計208点を盗んだ疑いで逮捕した。 |
| 2003年 |
2月 |
13日 |
Aの検事調書を革マル派が盗んだとされる事件で、警視庁公安部はAの両親宅への侵入に関与したとして、革マル派非公然活動家の塩田明男を建造物侵入容疑で再逮捕した。塩田の逮捕は3回目。 |
| 3月 |
| 25日 |
関東医療が関東地方更生保護委員会(さいたま市)に仮退院を申請。 |
| 5月 |
12日 |
14歳の9月に仮退院、社会での保護観察の処遇に移行する可能性が高いことが判明。
遺族の手記を何度も読み「社会復帰して、罪を一生かけて償い続けたい。遺族に手紙を書いたり、できれば直接あって謝罪したい」と反省。「性的サディズム」も改善、精神障害の兆候もないと関係者が話す。
少年:「事件そのものはよく覚えているが、あのころの自分のイメージはまるで夢まぼろしのようだ。『犯罪によって自己の存在を確認しようとした』ことが理解できない。二度と同じ気持ちになることはない」
「家族から、帰ってこいと言われるのはありがたいが、帰りにくい気持ちがある」
関東医療スタッフ:「精神医学的な問題はほとんど残されていない。いつでも退院できるレベルまで更生させた。医師によるカウンセリングもさほど必要としてはおらず、今すぐ社会に出ても、普通の学生として通用する」
少年Aを知る関係者:「もう少年院でのカリキュラムはやりつくした。また5年やっても同じだ」 |
| 13日 |
森山真弓法相が午前中記者会見し、関東地方更生保護委員会(さいたま市)に仮退院の申請をしたことを公表。仮退院の申請を公表するのは前例がない。
法相:
「少年院での治療的、教育的な働き掛けに成果が上がり、贖罪(しょくざい)意識がつくられつつある」
「具体的な慰謝を行わせるためにも、社会内処遇に移行し、引き続き保護観察による専門的な援助、指導を行うことが、本人の改善、更生や、再犯防止に有効だと認められる」
関東医療少年院長は同年3月25日に関東地方更生保護委員会に対し、男性の仮退院を申請していたことを公表。 |
| 19日 |
法務省側が2被害者に申し入れ、元少年の近況を説明していたことが判明。審判結果以外を被害者に報告するのは制度になく、極めて異例。女児の両親には前月、男性の教育過程を知る複数の職員が面会。「女児の母が書いた本を読み、涙を流して『申し訳ないことをした』と言った」「『謝罪の手紙を出したい』と話している」などと説明。
山下京子さん(47):「被害者として加害者のことを知りたい。こうした動きが広がってほしい」
男児側の両親には5月中旬、説明が行われ、矯正教育の内容などを知らせた上で「男性は更生している」と伝えられた。「男性の退院時期を事前に知りたい」という要望に対して、同省側は「前向きに検討する」と答えたという。
土師守:「退院情報の開示については一歩前進したと思う。しかし、収容中の男性の状況についての説明はとても満足できるものではなかった」 |
| 21日 |
仮退院を受けて、土師守(47)は7回忌を前に初めて直接取材(TVに初登場)に応じ、「法律上仕方ないが、被害者への仮退院や更生状況の情報開示を制度化してほしい」
「事件後、自殺を考えることもあったが逃げたら淳に顔向けできないとの気持ちでやってきた」
今も週1度の墓参りを欠かさず、月命日には仕事を休み、淳君を思って1日を過ごしている。
更生について「自由がない特殊な状況の話で本当に更生したかどうかは分からない。わたしも医師なので専門家のリポートを読んでみたい」
――少年に何を望むか
土師守:「言いたくない」 |
| 6月 |
4日 |
法務省が「被害者通知制度」の少年版を検討し始める。 |
| 7月 |
9日 |
長崎市北陽町で種元駿(4)が誘拐され殺害された事件で、同市内の中学1年の男子生徒(12)が補導される。犯人が12歳だったこともあり酒鬼薔薇事件と結びつけ、蒸し返される。 |
| 8月 |
23日 |
関東医療でまた自殺があったことが判明。22日夜8時半ごろ、巡回中の看守が収容中の19歳の少女個室内のトイレ通気口にシーツを引っかけて首をつっているのを発見、119番通報し、病院に運ばれたが23日午後6時半に死亡。
少年院:「プライバシーの問題があるので詳細は答えられない」
→掲示板での反応を見る |
| 9月 |
18日 |
出院準備教育(2年間)が終了したことが関係者の話で判明。この間元少年は、各種資格を取った他、被害者遺族の手記を読んで謝罪の気持ちを文章にしたり、自分に関する報道を読み返したりする贖罪教育に取り組んだ。
この結果、規範意識や行動・挙動など教育効果をはかるすべての項目で、男性は仮退院の水準になり、当初は著しく評価が低かった「親との関係」「他者との関係」の項目も改善したという。犠牲者に対しては「許してはもらえないだろうが、生涯償いたい」などと話しているとされる。
少年院は「保護観察下なら仮退院させても再犯の恐れはない」と判断。
関東地方更生保護委員会は、受け入れ先の確保を仮退院決定の条件にする見通しで、付添人弁護士らが中心となって受け入れ先を探している。
元少年は「世間の反応を考えれば、受け入れ先が見つかりにくいことはわかる」「寿命の続く限り、少しでも弁償しながら静かに生きたい」などと語っているという。 |
| 【引用・参考文献・サイト】 暗い森 神戸連続児童殺傷事件/14歳の肖像/無限回廊→殺人事件→神戸須磨児童連続殺傷事件/遊撃インターネット/朝日新聞/毎日新聞/読売新聞/俺の頭ん中 |
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