今現在分かってる範囲の作品だ!!!もっと詳しく知ってたり、間違いを発見したヤツは教えてくれ!!!
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「かぎカッコ」がついたのは酒鬼薔薇本人がつけた題名
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幼稚園の冬休みの宿題「お正月の絵」で描いた凧揚げの絵。
三男がお正月早々熱を出し、外へ出られなかったので、団地の前で父親とシンと次男の3人で凧揚げをしたとき、シンが三男にも「見せてやる」と言って描いたもの。その絵はどこかの絵画コンクールで入選した。
母:
「『お母さん、ほら、これ見てみて』
先生から渡された賞状と賞品の鉛筆を両手にかかげて、すごく喜んでいたAの姿を今でもよく覚えています」
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みたいっ!!どこかのコンクールで入選したんなら、なんとか調べられねーもんだろうか!!?
シンは小さい頃から絵を描くのが好きで、「仮面ライダー ブラック」など、テレビのキャラクターをよく描いていた。
生まれつき、絵の才能があったんだな!!性的サディズムさえなければ間違いなくピカソ級の天才画家になっただろうに・・・惜しい!!

8歳11ヶ月の時の日記。小学3年。ノートの形式、縦書き、横書き、改行位置等全て不明。文字は原文のママ。
「はじめていぬをかったとき」
1991.06.18
あんまりおぼえていないけど、ぼくがひっこしするまえのとき、「いぬかって、いぬかって」とゆいました。そしてかあさんが「だめ。」とゆうのです。でもぼくはあきらめませんでした。おかあさんは、「おばあちゃんのうちならかってもいい」とゆいました。だけど、ぼくは「いえでかって」とゆいました。おかあさんが「おばあちゃんのうちでかいなさい」とゆうので、しかたなく、おばあちゃんのうちでかうことになりました。
そしてペットやさんにいったけど、ほとんどががらのわるいいぬでした。おくのほうにいってみると、こいぬのやさしい目をしているいぬがいました。そのこいぬをかうことにしました。車でいぬをもってかえりました。おばあちゃんのうちにつくと、おやつをくれました。おばあちゃんのうちでかってよかったと思います。
そして、ペットやさんのところからかえってきたいぬははこにはいるくらいちいちゃかったです。そのいぬのなまえは「さすけ」とゆう名前をつけました。
そしてつぎの日、またおばあちゃんのところにいって、またおかしをもらって「さすけ」とあそびました。ここから、もうわすれました。こんな日記を書いたのは、はじめてです。
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「ここからもうわすれました」ってイイナ!!!
引越しする前っていうと、4歳のときになるけど、日記の割にずいぶん、大昔のこと書いてんなぁ!!!
にしてもシンの作文って、幼さはあっても、痛さがないな。俺なんて1年前に書いた日記でさえ痛いというのに・・・・
稲中で、「小学校の時の作文晒しの刑」ってあったなあ!!w
いや、シンの文は全然痛くないから大丈夫だぞ!!!むしろかわいいぐらいだぞ!!!
小学校3年生のとき学校で書いた作文。縦書きの原稿用紙だったような気がする。
「ま界の大ま王」
お母さんは、やさしいときはあまりないけど、しゅくだいをわすれたり、ゆうことをきかなかったりすると、あたまから二本のつのがはえてきて、ふとんたたきをもって、目をひからせて、空がくらくなって、かみなりがびびーっとおちる。そして、ひっさつわざの「百たたき」がでます。お母さんはえんま大王でも手が出せない、まかいの大ま王です。
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現物を週刊誌でチラッと見たけど、買えばよかったあーー!!!確か担任の先生のメッセージとかも入ってた気がする!!くそうっ!!
母親:「これ、ちょっと言いすぎちゃうん?(苦笑)」
シン:「そうかなぁ(笑)」
母親はシンを布団叩きで叩いたことはなく、これは作り話。母の反応を見たい為だけに書いたって感じだな!!でも母は気付いてないみてーだ!!哀れ!!シン!!w
小学校3年生のとき学級通信に載った作文。
「お母さんなしで生きてきたいぬ」
ぼくのうちのサスケ、は生まれてすぐぼくのうちにきてそだてられたから、お母さんのかおもしりません。くもりの日や雨の日にはこやの中で「クーン、クーン」といって、目になみだをためていました。ぼくがにわにでていって、「お母さんがこいしいか」ときいてみたら、「クーン、クーン」とまたいって、ぼくの足にしがみついてきました。ぼくが「ぜったい、お母さんに会えるで。」ってわかってもいないのに、つい口に出してしまった。だって、すごくかわいそうだったからだけど、そうゆうことをゆうと、サスケのなみだがおさまって、ぼくの手をなめてくれました。
雨がすごくふって、ぼくのかおにあたってもぜんぜんきづきませんでした。サスケとの会わにしんけんになっていたのです。そのあと、ぼくはうちの中に、サスケはこやの中にはいっていった。
四行しょうりゃく
(↓担任が内容がよくないとのことで、省略した部分↓)
ぼくもお母さんがいなかったらな。いやだけど、やっぱりぼくのおかあさんみたいのがサスケのおかあさんだったらわからないけど。やっぱりかわいそうだな。 |
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またまた、母親にだけ見てもらいたいような作文だな!!でも母は4行省略された部分を知らなかったらしい。
母親:「これ、ホンマにあった話なん?」
シン:「ちゃうけど、こないして書いた方が面白いやろ」
母親:「あんた、作文言うたらホンマのこと書かなあかんで」
シン:「わかった。これからはウソは書かん」
見事なまでに母に通じてないぞ・・・シン!!w でもシンも小3にしてこの甘え方はどうよ!!?(ワラ
愛情表現が下手なのか・・・
この頃から、寝るときには犬やアヒルのぬいぐるみをベッドの周りに並べるようになる。シンのみならず、兄弟全員やっていて、逮捕されるまで続いた。

小学校5年生のとき書いた作文。父親の郷里の島に遊びに行った時のことを書いている。
「僕の夏休み」
(前略)(父親の郷里の海のことを)
まるで海底まで透き通るような、青い色をしていた。
(中略)
洞窟に行き、その中に入るとまるで外の世界とえんを切った気分でクーラーを入れている時よりすずしく、静かです。
(中略)
ぼくの心ではパリが花の都なら、ここは花の島だと思いました。また、再来年きます。ぼくの花の島。
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シンはこの島が大好きで、今は誰も住んでない父親が育った家を見て「将来、僕がここに住む!」と言ったくらい。でも、この家は現在、老朽化のためさら地になってしまった・・・!!残念!!!
「花の島」なんて、ホントにシンは名言が多いな!!!綺麗な表現だ!!
これは「この子を生んで」に登場するまで全く知られていなかった作文だ!!全文が見たい!!ちきしょーー!!載せろよ!!親あぁぁ!!!

小6 2学期 工作の授業での作品。
テーマは「ぼくと私、未来の家」。
赤い紙粘土でただれた脳のようなものを作り、そこにカッターの刃やホッチキスの針がいくつも突き刺さっている。
図工教諭が気になって、担任に報告。意図を図りかねている担任に少年は「『赤く丸めた部分は脳みそ』で、作品名は『処刑台』か『13階段』」と淡々と説明したのでビックリして、家庭訪問。
母親:「どうしてこんなものを作ったの?」
シン:「僕の友達がいじめられとって、いじめっ子を威嚇するためや」
図工専科経論(4〜6年):
「 手先は器用だった。作品は気持ち悪く感じるような、これまで出会ったことのないタイプの製作をしていた。
図工クラブのホラー作品だけでなく、動くおもちゃは、血をイメージするような赤色で作られ、気持ちが悪い作品だった。
首が飛んだ絵、頭にナイフが刺さった絵、血が流れた絵、ジェイソンの似顔絵をよく描いていた。」
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テーマを無視してるわけじゃなかったな・・・俺までが、シンを理解してなかった!!(悔)
明るい未来を形にするようなテーマを与えられて、当時、殺人することをほぼ確信してたシンは、それを表し、「処刑台」に向かっていくイメージしか描けなかったんだろう・・・。

12歳 小学校6年の卒業アルバムから。
「卒業」
もうすぐ卒業です。ぼくは一年のときにこっちに来ました。初めはみんな見たことない人ばかりなのに、意外となじみやすかったです。一番楽しかったのは六年です。楽しく勉強して、いろいろな遊びをしたりしました。中学に行ったら、小学校ほど楽しくないと思うので、あんまり行きたくないです。
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幼稚園から小学校にあがる時に引っ越してしてるから、幼稚園からの知り合いがいなかった。けど、ひょうきんものだったので、好かれてたようだ!!この学年、6年頃は授業中、むちゃくちゃうるさく、やりたい放題で荒れまくってたらしい!!
>当時の担任所見

12歳 小学校6年の卒業文集。阪神淡路大震災をテーマに書いた。
「知人の心配」
一月十七日五時四十分ごろに、震度六の大地震がきました。ぼくはおどろきました。家族でかたまって外に出ました。近所の人たちも、顔を見合わせながら外に出てきました。近所の人たちも、ぼくの家と同じようなかんじになっていました。ガラスが割れて手にささって、はれあがった人もいました。他の人の家は、かべにひびがいったり、天井のかわらが、はがれたりしていました。ぼくの家は、家の中がめちゃくちゃになっただけで、やねやかべは、何もかわりありませんでした。明るくなってきたので、家に入ると、まずラジオを聞きました。いろいろな情報を聞きましたが、最後の方に、阪神高速道路が、たおれたと言う情報を聞きました。
たおれた反対側の道路から、20メートルほどの所に、マンションがあって、そのビルの八階にお母さんの妹がいたので心配しました。そして、お母さんの妹の所に電話をかけてもつながりませんでした。あとから、そのおばさんの方から電話がかかってきて、東灘区本山小学校に避難していると分かって、安心しました。
けど、非難してくる人がどんどん多くなり、いずらくなったので、会社の家にうつることにしたそうで、安心しました。後は、自分の家から、いろいろと、知人の所に電話をかけてぶじをたしかめましたが、まだまだ通じない親せきや、身内の人もいました。
お父さんのお姉さんは、さんぱつ屋を開いていましたが、あと二・三回余震がくればたおれると言われて、今は、すずらんだいの方に非難していると聞いて、安心しました。
今回の地震は、自分の心配の事より、ほかの親せきや、身内がだいじょうぶかどうかと、心配する事の方がこわかったです。
村山さんが、スイスの人たちが来てもすぐに活動しなかったので、はらが立ちます。ぼくは、家族が全員死んで、避難所に村山さんがおみまいに来たら、たとえ死刑になることが分かっていても、何をしたか、分からないと思います。
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最後の「 村山さんが〜」の部分は最初なかったが、製本寸前に少年がつけ加えた。担任は当初ためらったが、教頭が「子供の素直な気持ちだから」とそのまま載せた。
しかしこの頃村山を殺ってたらすごい騒ぎになっただろうなーー!!12歳だからいろんな施設をたらいまわしにされた後、少年院に行ったんだろうな!!死刑にはならねーっつの!!
一時期、小学校のときの先生が「僕は子供やから人殺しても刑務所いかんでええ」って言ったのを思い出した!ってことで報道されたけど、記憶違いなんじゃねーかと思う。シンは人を殺したら必ず死刑になると信じていた。
村山富市:「それはなんのことを言っているかわからんのでコメントはできない」

中1 学校に提出した読書感想文
母が古本屋でフセインについて書いた本を買い、二階の本棚に置いておいたものをシンが見つけ、その本の感想文を書いて提出。
(全文不明)
直観像で頭に焼きつけた文章を引用しながら読みやすい文章を書いたと思われる。
母:「あんた、フセインについて自分がどう思うか書かんと。これやったら客観的すぎるわ。解説やんか」
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読みたい!!中1の時点での学校の作文が「三年生になって」の文章力より上か下か見比べたい!!

13歳 中学1年のとき友人に送った年賀状
1996年巳年
拇印が押してある!!すげーー!!この画像だとよく見えにくいけど、実は周りには「グーチョキパー」って書いてある!!(爆笑)絶対欲しい!!!ああー!早く出て来いよーー!!こんな年賀状くれーー!!!
(1997年9月14日放送・TBS『報道特集』)より |
(題不明)
中2 13歳 母の日のプレゼントに描いた作品。
絵には母親の花嫁姿と「1996.5.11」という日付が書かれている。
酒鬼薔薇の母親が、ウェディングドレス姿でブーケを持ち、やや緊張した面持ちで正面を見据え立っている。ドレスやブーケを描いている滑らかな曲線、表情をくっきり浮かび上がらせる大きな目と鼻の輪郭など、すべて鉛筆の濃淡だけで描かれている。
『「少年A」この子を生んで・・・・・・』 に絵が載ってる。漫画用の原稿用紙の裏に描いたというから、だいぶ縮小されてるっぽい。文庫版よりハードカバーの方が線がつぶれてなくて綺麗だ。―― 中2 母の日の前日 ――
シン:「母さん、何かほしい?」
母親:「気持ちさえこもっていたら、別に何でもええよ。無理せんで」
すると、両親の結婚式の時の写真を押し入れから捜し出してきて、母親の若い頃の写真を見て、不思議そうに言った。
シン:「母さん、この女の人、誰や?」
母親:「母さんなんやけど」
シン:「へえー」
(母親は産後、ずいぶん太ったので兄弟3人とも分からなかったらしい)
彼はその写真を見た後、漫画用の原稿用紙の裏に一気に描きあげた。
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写実的な絵だ。ものすごく上手い。こんなに写真みたいな絵なら、母親の顔わかっちまってまずいんじゃねえか?と思ったけど、今はもっと太って別人のようなので載せたんだと思う(w ただ、5頭身なのがちょっと気になった(爆)

中2 学校で書いた作文
(全文不明)
死体がとけていくさまをリアルに描き、その異様さに教師が全員で回し読みした。 |
なんでこれ公表してくれねーんだよ!?誰も読んだことねーのかな!?これは、他の手抜いた作文と違って、挑戦状や懲役13年みたいに手の込んだ作文とみた!!!読みてええーーよおーー!!!!
中学2年のとき友人に送った年賀状
1997年丑年
1年のときは普通の年賀状だったのに、2年になると変な絵を描いてくるようになったと紹介されたらしい!!
字が事件のときの文字に近づいてるな!!
これは映画「羊たちの沈黙」をヒントにしたと友人に語ったらしい!!!そう言われればそんな絵にも見えるけど、羊の目線には爆笑したんだけど!!!?w
追記※ この絵の元ネタは95年の「危ない1号 vol.1」って雑誌らしい。メールで画像を送ってくれたヤツがいたんだが、俺のPCが逝って消えちまった!もう一回送ってくれると嬉しい!かなり気持ち悪い系の雑誌。数十枚ある絵の中からこの3枚をピックアップしたらしい!!トレースしたみたいに全くこの絵の通りだった!!
関東医療少年院でも年賀状作った時同じネタを使ったらしい!!!(15〜17歳頃)
「〜年 激走 活性化」 (by 元MPD)
(1997年9月14日放送・TBS『報道特集』)より |

14歳 3月前後に書いた計5ページ、28コマの漫画。
←これが表紙絵。全部で5ページの漫画。
絵はこれしかない!!!後は高山文彦が言葉で説明してたのしかわからん!!くそーー!!もってんなら出せよ高山ああーーー!!!!
なんか、『寄生獣』の影響受けまくってんなぁ!!ナメクジはミギーか!?w(声明文にあった「捕まればおそらく吊るされるであろう」ってのはここに出てくる殺人鬼のセリフ「時間の問題だ。吊るされるのはな」からか?)『寄生獣』は俺も大好きだ!!あれは名作だ!!!酒鬼薔薇ファンなら読むべき!!!
この漫画は自室の机の引出しから見つかった大学ノートに描かれていたらしい。
■■■ ストーリー ■■■
物語には人間はひとりも登場せず、ナメクジが主人公である。 2匹のナメクジが藪の中で「死なす!」「殺す!」と言いながら戦っている。敵のナメクジが追い詰められ、命乞いをするが、主人公のナメクジは「断るね」と言って、敵のナメクジを「ヘル・ガブリエルン・ミサイガア」というミサイルを尻の先からムチのようにしなる矢を放って倒す。
以後、ナメクジの独白が最後まで続く。
ナメクジは透明な羽根をもち、空を自由に飛ぶことが出来る。
敵のナメクジにとどめを刺したあと、棲み家に帰ろうと空に舞い上がる。
「早く帰らなくちゃならないぜ。オレの家は『ミゾ』だからよ」
「夜が明けてくると、もどりづれえからな」
「なぜかって?」
「それはこの図を見れば分かるぜ」
「ついでのついでにおれの住んでる所もしょうかいするぜ」
図には水が流れる用水路にそって民家と稲を豊かに実らせた水田が描かれ、そこには大きなミミズと魚が棲んでいる。
ミゾ、とは用水路のことで、それがナメクジの棲み家だ。
ミミズに餌を差し出さなければ、ナメクジは食べられてしまう。
ミミズはそのあたりでもっとも強い、主みたいな存在なのである。
ナメクジは明くる日、臣大デパートへ出掛けようとする。
ふたたび空に舞い上がり、棲み家のあたりを見下ろしながら、
「ええーと、ミミズは起きているかな?ん?よかった、ねてるぜ」
「人間もまだ起きていないようだぜ」
「うん、何だ、あのナメクジは」
そしてこの漫画は、こんな問いかけを最後に唐突に終わる。
「おはよう、とつぜんだが、その『ミゾ』の中には、いったいどれくらいの生物が住んでいるね?」
■■■ 終了 ■■■
注意:「臣大デパート」というのは「巨大デパート」の誤字かも知れないといううわさ。
これは最高だ!!!wwさすが稲中卓球部の愛読者だ!!!(爆笑)しかし他の作品とのギャップがまたすごい・・!!一体どんな人間なんだろうか!!?一応、殺し合いの漫画なのに妙にスケールが小さいところもいいし!!!(笑)
しかしシンの作品はいきなり終わるの多いよな!犯行メモもそうだったし。途中で書くの飽きちまうのかな!?
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14歳 3月16日の通り魔事件の直後にB5版の大学ノートに書いた日記。"犯行メモ"と呼ばれる。
字が汚すぎて読めなかった人のために↓
H9.3.16 しん
愛する「バモイドオキ神」様へ
今日人間の「こわれやすさ」をたしかめるための「聖なる実験」を行いました。その記念としてこの日記をつけることを決めたのです。実験の内容は、まず公園に一人であそんでいた女の子に話しかけ、「ここらへんに手を洗う場所はありませんか?」と聞き、「学校にならありますよ」と答えたので案内してもらうことになりました。2人で歩いている時、ぼくはあらかじめ用意していたハンマーかナイフかどちらで実験を行うか迷っていました、最終的にはハンマーでやることに決め、ナイフはこの次にためそうと思ったのです。しばらく歩くと、ぼくは「お礼を言いたいのでこちらを向いて下さい」と言いました。そして女の子がこちらを向いたしゅん間、ぼくはハンマーを取り出し、女の子は悲鳴をあげました。女の子の頭めがけて力いっぱいハンマーをふりおろし、ゴキッという音が聞こえました。2、3回なぐったと思いますが、こうふんしていてよくおぼえていません。そのまま、階だんの下に止めておいた自転車に乗り、走り出しました。走っていると中、またまた小さな男の子を見つけ、あとをつけましたが団地の中に入りこみ、見失ってしまいました。仕方なくもと来た道を自転車で進んでいると中、またまたまた女の子が道を歩いているのが見えました。その女の子が歩いている道の少し後ろの方に自転車を止め、公園を通って先回りし、道から歩いてくる女の子を通りすがりに今度はナイフをつかってさしました。まるでねん土のようにズボズボっとナイフがめりこんでいきました。女の子をさした後にその後ろの方に止めておいた自転車に乗り、家に向かって走り出しました。家に帰りつくと、急きゅう車やパトカーのサイレンの音がなりひびき、とてもうるさかったです。ひどくつかれていたようなので、そのまま夜までねむりました。今回の「聖なる実験」がうまくいったことを、バモイドオキ神さまに感しゃします。 |
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この日の夜目が覚め、こんなことをする自分に対する嫌悪感をなんとか誤魔化すために、本来全く別のものであるバモイドオキ神様と犯行とを結びつけてこの神に報告する形で日記兼実験ノートを作成した。
このときの出来事は供述調書七月二十一日付でしゃべっている。
なんか、この犯行メモをつけることにした経緯とか、逮捕後に言ったセリフ「ヒトラーはすごい、良心の呵責なく人を殺したところがすごい!」とかをきくと、シンは『完全悪』を目指していたんじゃないかなぁ・・・と思う。
何故そうなのかは分からないけど、そうすることで人々に嫌われるのを恐れていないような・・・思い詰めた、極限まで思い詰めた状態だったんだろう。
全文↓
H9.3.17 しん
愛する「バモイドオキ神」様へ
今日の朝新聞を読むと、昨日の「聖なる実験」の事がのっていたのでおどろきました。内容を読んでみると、どうやらあの2人の女の子は死んでいなかったようです。ハンマーでなぐった女の子の方は、意識不明の重態で入院し、ナイフでさした方の女の子は軽いケガですんだそうです。人間というのは壊れやすいのか壊れにくいのか分からなかったけど、今回の実験で意外とがんじょうだということを知りました。
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しかし当時も指摘されたことだけど、自分の日記に読み仮名をつけるヤツはいないよな。明らかに読まれることを意識して書いてる。・・・親・・・かな?母親に見てほしかったんだろうか・・・。自室の引き出しにしまってあったらしいし。(『淳』によると、机の上に置きっぱなしだったらしいが、今のところはどっちか不明)
・・・と、ここまで書いたら、エテルナが「私、自分の日記に読み仮名つけますよ。未来の自分が読めるように」って言ってた。なるほど!そういう可能性もあるな!!
全文↓
H9.3.23
愛する「バモイドオキ神」様へ
今日の朝目が覚め、階段をおりて下に行くと、母が「かわいそうに、通り魔におそわれた子が亡くなったそうよ」と言いました。新聞を読んでみると、死因は頭部の強打による頭蓋骨の陥没だったそうです。頭をハンマーでなぐった方は死に、お中をさした方は順調に回復していったそうです。人間というのは壊れやすいのか壊れにくいのか分からなくなってきました。容疑も傷害から殺人と殺人未遂に変わりましたが、以前として捕まる気配はありません。目撃された不審人物もぼくとはかけはなれています。これというのも全てバモイドオキ神様のおかげです。これからもどうかぼくをお守り下さい。 |
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今、俺の大事な人が同じように死ぬのを想像してみた。シンに対する怒りが沸いてきた。バカヤローー!!人の未来奪ったヤツに未来なんかねえーー!!(泣)なんでこんなヤツ信奉してるんだ!!俺!!!ありえん!!!・・・・・・・・・・・山下さん凄いよ・・・凄すぎる・・とても真似できない。
全文↓
H9.5.8
愛する「バモイドオキ神」様へ
バモイドオキ神様、ぼくは今現在14歳です。もうそろそろ聖名をいただくための聖なる儀式、「アングリ」を行う決意をせねばなりません。ぼくなりに「アングリ」についてよく考えてみました。その結果、「アングリ」を遂行する第一段階として、学校を休む事を決めました。いきなり休んではあやしまれるので、まず自分なりに筋書を考えてみました。その筋書きとはこうです。 |
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日記はここで唐突に終わっている。不登校が計画的なものだったのは当時衝撃を与えたが、学校バッシングは続いていたような気がする(笑)
筋書きとは、学校で問題を起こし、先生から怒られて欠席するというものだった。
そして決行日、5月13日―――
朝から様子がおかしかった。体育の授業を無断で休み、昼休みには教室で飼っている金魚をつぎつぎに水槽からつかみだし、バケツに放り込んだ。
「やめなさい!どうしてこんなことするの」
止める女性の担任教師に
「水が汚れているからです」
と説明したが、水は汚れておらず、彼は飼育係でもなかった。
担任:「心ここにあらずといった風で、何か一つのことを思いつめている様子でした。私にはもう、どうすればいいのかわかりませんでした」
放課後、シンは小学校の頃からの親友を友が丘中公園に呼び出して殴り、翌日、先生に怒られて、学校へ行きたくないと泣き、親に「しばらく学校を休ませます」と連絡させ、計画通り不登校になった。
親友の話:
「Aの自宅近くの公園の砂場で、時計を拳に巻いて殴られた。飛び蹴りも何度かされた。最後にはAはドス(片刃で13cm、鞘付き)を出した。その時、Aの目は異様にすわっていて、本当に殺されると思った」
俺の予想だけど、このときシンは本当に殺すつもりだったんだと思う。計画はどうあれ、このとき出していた殺意は本物じゃないかと・・・。親友はこのとき、シンの目を叩いて逃げたらしい。
殴った理由について
「あいつは自分の人気取りのために僕が悪さ(編注:後に通り魔事件のことと判明。シンは親友に「竜が台の事件は俺がやった。酒飲んでたから覚えてないけど80%は俺がやった」と話していた)してるのを言いふらしてる」
「何度か笑ってそんなこと言うなよと注意したのにやめなかった」
とにかくもうやめろと言う教師に対して
「僕はやめません。●●を殴り足りません」
どうしてそんなに許せないんや?と尋ねる父親に対して
「あいつが苦しんだ時間より僕が苦しんだ時間の方が長いから許せません」
と言っていたけど、本当に恨みがあったのかどうかは不明。後に関東医療でMPDに「僕にも親友と呼べるヤツがいたんですよ」と語っている。失ったことが悲しいのか、ただの自慢なのか・・・気になるところだ!!
結局、親友は被害届けは出さず転校。二人はすごく仲が良かったらしくて、他の友達は
「そろって学校来んくなったとき、二人して何か企んでるんじゃないかと思った」という。
この親友は事件後、マスコミから逃げ切ったのでこれ以上詳しいことはわからない。
結局この親友が事件の容疑者としてシンを警察に通報。しかし考えてみると逮捕される要素はいっぱいあったわけだな。決定的な証拠がなかっただけで。
(2008.4.20追記)
この親友殴打事件についてはまだまだ謎が多い!!ホントに怒って殴ったのかもしれないし、不登校の計画だっただけかもしれないし。「14歳の肖像」や冤罪系の書籍とかこのサイトとか見て自分なりに探ってみるべし!!これが全てと思うな!!
この二人は仲直りできるんだろうか・・・?土師家とも気になるけど、この二人のその後の方がもっと気になる!!!
いずれ、どっちでもいいから、真相を語ってくれることを心から期待する!!!!
| 14歳 3月通り魔事件後の夜 犯行メモのノートの表紙の裏に描かれた「バモイドオキ神」
「この絵の説明をしてくれと言われても、僕のイメージで描いたものなので、口では説明出来ません」(七月二十一日付供述調書より)
元々「バモイドオキ神」がシンの心の中に現れたのは小学5年のとき。春に祖母が亡くなってその後夢に出てきたという。
シン:
「寝ていると突然、「バモイドオキ神」が夢に出てきました。光のかたまりでした。僕だけを守ってくれる神様だと思いました」
「バモイドオキ神は、僕が唯一信頼出来る存在です。姿は見えない、何も与えてはくれないが、脳内宇宙にずっといる」
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←これが初めて朝日新聞7月19日付夕刊でスクープされたときの絵で、「少年の描いた絵を模写したイメージ図」ということで公開された。
その後、何者か(多分革マル)がFOCUSにFAXしてきて本物が明るみに出たんだけど、大きく違うところといえば、真ん中のマーク。ホンモノは何も書いてないんだけど、供述調書みると
「顔の下にマークを描いていますが、これは、「バモイドオキ神」のマークであり、キリスト教で言えば十字架と同じ意味のものです」(七月二十一日付調書より)
あれ・・・!?もしかしてこの絵もニセモノ・・・!!?それともまだこの時はマークが完全に決まってなかった・・!?
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14歳 4月頃に書いたとされる作文。例の親友にパソコンで清書させていた。不登校にいたる親友殴打事件があった後、フロッピーの記録は削除したがプリントアウトしたのが一枚だけ残っていたのを親友が警察に提出。原文はなし。後に第三の犯行声明文と言われる。ダンテの『神曲・地獄篇』、ニーチェの『善悪の彼岸』、
ウィリアム・マーチの『悪い種子』からの引用が散りばめられている。
「懲役13年」
1.いつの世も・・・、同じ事の繰り返しである。
止めようのないものはとめられぬし、殺せようのないものは殺せない。
時にはそれが、自分の中に住んでいることもある・・・
「魔物」である。
仮定された「脳内宇宙」の理想郷で、無限に暗くそして深い防臭漂う心の独房の中
死霊の如く立ちつくし、虚空を見つめる魔物の目にはいったい、“何”が見えているのであろう
か。
俺には、おおよそ予測することすらままならない。
「理解」に苦しまざるをえないのである。
2.魔物は、俺の心の中から、外部からの攻撃を訴え、危機感を煽り、あたかも熟練された人
形師が、音楽に合わせて人形に踊りをさせているかのように俺を操る。
それには、かつて自分だったモノの鬼神のごとき「絶対零度の狂気」を感じさせるのである。
とうてい、反論こそすれ抵抗などできようはずもない。
こうして俺は追いつめられてゆく。「自分の中」に・・・
しかし、敗北するわけではない。
行き詰まりの打開は方策ではなく、心の改革が根本である。
3.大多数の人たちは魔物を、心の中と同じように外見も怪物的だと思いがちであるが、事実は
全くそれに反している。
通常、現実の魔物は、本当に普通な“彼”の兄弟や両親たち以上に普通に見えるし、実際、そ
のように振る舞う。
彼は、徳そのものが持っている内容以上の徳を持っているかの如く人に思わせてしまう・・・
ちょうど、蝋で作ったバラのつぼみや、プラスチックで出来た桃の方が、実物は不完全な形で
あったのに、俺たちの目にはより完璧に見え、バラのつぼみや挑はこういう風でなければなら
ないと俺たちが思いこんでしまうように。
4.今まで生きてきた中で、“敵”とはほぼ当たり前の存在のように思える。
良き敵、悪い敵、愉快な敵、不愉快な敵、破滅させられそうになった敵。
しかし最近、このような敵はどれもとるに足りぬちっぽけな存在であることに気づいた。
そして一つの「答え」が俺の脳裏を駆けめぐった。
「人生において、最大の敵とは、自分自身なのである。」
5.魔物(自分)と闘う者は、その過程で自分自身も魔物になることがないよう、気をつけねばなら
ない。
深淵をのぞき込むとき、その深淵もこちらを見つめているのである。
「人の世の旅路の半ば、ふと気がつくと
俺は真っ直ぐな道を見失い、
暗い森に迷い込んでいた。」
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■■ 解説 ■■
少年:「『魔物』とは"殺したいという意思をもった欲望"のこと」
鑑定人:
「少年の幼年時代における記憶が非常に限られたものであって、わずかに祖母の背に負われて目をつぶり暖かさを全身で感覚しているというものであるのは、それ自体が、この時期の発達に問題があったことを示唆している。この記憶は少年のほとんど唯一の良い思い出であって、これ以外の人生は、自ら生涯をふりかえって『懲役13年』という如く索漠としたものであったと思われる」(精神医学的考察)
■■ 引用について ■■
少年はニーチェやダンテなど難しい本は読んだことがなく、『FBIの心理分析官・ロバート・K・レスラー』、『診断名サイコパス』という本を本屋で立ち読みして、
「頭にすーっと入ってきた文章を覚えていた」(少年)
(精神鑑定書・鑑定医との面接より)
映画『プレデター2』
「いつの世も、同じ繰り返しだ/止めようのないものは止められぬし、殺しようのないものは殺せない/魔物だ」
ウィリアム・マーチ『悪い種子』
「善良な人達が疑い深いことは稀である。自分にはとてもできないことを、ほかの人がやるなんて想像もできないからだ。通常、彼らはドラマティックでない解決を正しい解決策として受け入れ、問題の原因などはそのままにしておく。
さらに、まともな人たちはサイコパスを、心のなかと同じように外見も怪物的だと思いがちだが、事実はまったくそれに反している・・
通常、現実のモンスターたちは、本当にノーマルな彼らの兄弟や姉妹たち以上にノーマルに見えるし、実際、その様に振舞う。
彼らは、徳そのものがもっている内容以上の徳を持っているかのごとく人に思わせてしまう。
ちょうど、螻でつくったバラのつぼみやプラスティックでできた桃の方が、実物は不完全な形であったのに、私たちの目にはより完璧に見え、バラのつぼみや桃はこういうふうでなければならないと私たちが思い込んでしまうように。」
ニーチェ『善悪の彼岸』‐第四章「箴言と間奏」146節
「怪物と戦う者は、自分も怪物にならないよう注意せよ。
長く深い深淵を覗き込むとき、深淵もまたお前を覗き込む。」
ダンテ『神曲』‐地獄篇(寿岳 文章 訳)
「ひとの世の旅路のなかば、ふと気がつくと、私はますぐな道を見失い、暗い森に迷いこんでいた。
ああ、その森のすごさ、こごしさ、荒涼ぶりを、語ることはげに難い。思いかえすだけでも、その時の恐ろしさがもどってくる!」
殺人衝動に落ちていくさまをリアルに描いた作文。この頃凄まじい殺人衝動が吹き荒れていたのだという。この時期を前後してシンはこんな夢をみている
「寝ているとき、誰かに首を絞められ、もがきながら相手の顔をみたら自分の顔だった。あの夢にはビックリした。怖かった。」
「それ以来僕は自分の存在が怖くなった」
「自分が自分自身に食われそうな気がしていた」
柳 美里はこの作文を精巧に構築されたフィクションだと言っていたけど、俺には本音のように思えてならない。人を殺したら必ず死刑になると信じていた少年にとって『遺書』だったのかもしれない。
中学3年に進級した4月に書いた作文。
全文↓
三年生になって
東 真一郎
三年生になり、二年の時とはちがうところが数多くありました。テストの数もふえ、勉強もむずかしくなるんだと思います。二年の時はあまりライフを書くことがなかったのですが、三年になるとほとんど毎日書かなければならないようです。このクラスはほとんど話したことのある人ばかりですが、中には話したことがない人も少なくありません。自分から話しかけ、はやくうちとけていきたいと思います。昨日三年になりはじめての日番をしました。日番朝集にも間に合い、その他の仕事もきちんとできました。一年の時は忘れ物が多かったのですが、二年になりかなりへりました。だから今年も忘れ物をしないように努力していきたいと思います。それに、これまではそうじをダラダラやっていましたが、最近テキパキとできるようになってきました。今年は、一度も授業を受けたことがない先生も何人かいましたが、早くなれていきたいと思います。何事にも努力をし、充実した一年間をすごしていきたいと思います。 |
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神戸新聞社に挑戦状が届いたとき、この作文を学校から取り寄せて筆跡鑑定した結果、「同一人物の筆跡と断定するのは困難」という結果が出ていた。
これが同時期に同一人物が書いた作文!!!??未だに信じられない!!!にしても、筆跡もだし、文体も内容も挑戦状とはまったく違うのに、それでもシンを犯人として逮捕したのがずっと疑問だったけど、ちがうんだな!!この作文の前に、懲役13年が出てたんだな!!それでようやく納得!!
淳君の口に挟まれていたという封書。感熱紙(縦二十五センチ、横十センチ)

←これは、淳君の口に挟まれていた実物じゃない。実物は血で少し汚れていて、感熱紙に書かれていた。感熱紙は指紋が検出されにくいらしいがシンがそれを知ってたかどうかは不明。
←これは、神戸新聞社宛てでスケッチブックに書かれている。 |
全文↓

ニュースでキャスターが「おにばら」などと言ったため、ふりがなをつけて送りなおした。
「夜空を見るたびに思い出すがいい」というのは、洋画のパクリ。死んだ人をよくお星様になったとか言うけど、変なこと言う犯人だなあと思ってたら、洋画の方も死んだ仲間のことを
「奴のことを思い出せ。夜空を見上げるたびに――」
ってシーンだったらしい!!
それにしても語呂がいいな!!ちゃんと恐怖も煽ってるし!!
ちなみに俺は、夜空見なくても思い出してるぞ!!シン!!!! |
封書に包まれていた紙。感熱紙(縦二十センチ、横三十センチ)

全文↓
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さあゲームの始まりです
愚鈍な警察諸君
ボクを止めてみたまえ
ボクは殺しが愉快でたまらない
人の死が見たくて見たくてしょうがない
汚い野菜共には死の制裁を
積年の大怨に流血の裁きを
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SHOOLL KILLER
学校殺死の酒鬼薔薇 |
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「積年の大怨に流血の裁きを」というところは、漫画「瑪羅門の家族」の3巻の目次の「積年の大怨に灼熱の裁きを!」をパクったもの。
SHOOLLはSCHOOLのスペルミス。この調べもしねーで書いて、しかも間違えても恥と思わねー辺りがすごい!!!
挑戦状としてはインパクトありすぎてすごいいい文章だと思う!!!
学校殺死は(がっこう・ごろし)と読むんだろう!!その方が響きがいいからな!!
第一の挑戦状 ― 全体図

酒鬼薔薇聖斗を明記した封書と、短い文面の挑戦状、それから神戸新聞社へと題した長文の挑戦状全2ページの計3枚が下↓の封筒に入っていた。
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↑の3枚の挑戦状が入っていた封筒。
封筒は酒鬼薔薇聖斗という文字が見えるほど薄っぺらい安物。
封は赤のビニールテープでされており、切手には100円切手が使われている。いずれも家にあったもの。
切手の上には投函場所を特定されないように、水のりを薄く塗っていたので、郵便局のスタンプ印は、日付はわかるものの、投函場所は見えにくくなっている。
6月3日の午後に須磨北郵便局管内の菅の台にある郵便ポストから投函。
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97年6月2日夜、自室でコクヨA4判の集計用紙に赤のサインペンで一時間半かけて、書いた。

この声明文の実物を見て、多くの人が文字の幼さに驚いてたようだけど、幼いかな!?
全文↓
神戸新聞社へ
この前ボクが出ている時にたまたまテレビがついており、それを見ていたところ、報道人がボクの名前を読み違えて「鬼薔薇」(オニバラ)と言っているのを聞いた
人の名を読み違えるなどこの上なく愚弄な行為である。表の紙に書いた文字は、暗号でも謎かけでも当て字でもない、嘘偽りないボクの本命である。ボクが存在した瞬間からその名がついており、やりたいこともちゃんと決まっていた。しかし悲しいことにぼくには国籍がない。今までに自分の名で人から呼ばれたこともない。もしボクが生まれた時からボクのままであれば、わざわざ切断した頭部を中学校の正門に放置するなどという行動はとらないであろう やろうと思えば誰にも気づかれずにひっそりと殺人を楽しむ事もできたのである。ボクがわざわざ世間の注目を集めたのは、今までも、そしてこれからも透明な存在であり続けるボクを、せめてあなた達の空想の中でだけでも実在の人間として認めて頂きたいのである。それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、義務教育を生み出した社会への復讐も忘れてはいない
だが単に復讐するだけなら、今まで背負っていた重荷を下ろすだけで、何も得ることができない
そこでぼくは、世界でただ一人ぼくと同じ透明な存在である友人に相談してみたのである。すると彼は、「みじめでなく価値ある復讐をしたいのであれば、君の趣味でもあり存在理由でもありまた目的でもある殺人を交えて復讐をゲームとして楽しみ、君の趣味を殺人から復讐へと変えていけばいいのですよ、そうすれば得るものも失うものもなく、それ以上でもそれ以下でもない君だけの新しい世界を作っていけると思いますよ。」
その言葉につき動かされるようにしてボクは今回の殺人ゲームを開始した。
しかし今となっても何故ボクが殺しを好きなのかは分からない。持って生まれた自然の性(サガ)としか言いようがないのである。殺しをしている時だけは日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。人の痛みのみが、ボクの痛みを和らげる事ができるのである。
最後に一言
この紙に書いた文でおおよそ理解して頂けたとは思うが、ボクは自分自身の存在に対して人並み以上の執着心を持っている。よって自分の名前が読み違えられたり、自分の存在が汚される事には我慢ならないのである。今現在の警察の動きをうかがうと、どう見ても内心では面倒臭がっているのに、わざとらしくそれを誤魔化しているようにしか思えないのである。ボクの存在をもみ消そうとしているのではないのかね ボクはこのゲームに命をかけている。捕まればおそらく吊るされるであろう。だから警察も命をかけろとまでは言わないが、もっと怒りと執念を持ってぼくを追跡したまえ。今度一度でもボクの名前を読み違えたり、またしらけさせるような事があれば一週間に三つの野菜を壊します。ボクが子供しか殺せない幼稚な犯罪者と思ったら大間違いである。
――――ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている――――
(編注:2枚目)
P.S 頭部の口に銜えさせた手紙の文字が、雨かなにかで滲んで読み取りにくかったようなのでそれと全く同じ内容の手紙も一緒に送る事にしました。
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■手紙を書くにあたって想定した人物像■
《高校時代に野球部にいた三十三歳の男。
父親はいない。母親からはがんじがらめの教育を受け、クラスメートからも無視され続けた。
学校関係の仕事をしていたがクビになり、いまは病身の母親と二人暮らし。
学生時代にいじめられたので、自分を「透明な存在」と思うようになりそのことで義務教育に恨みを持っている。
被害妄想と自己顕示欲が強く、社会に対し恨みを抱いている》
すごい!!!野球部まではわかんねーけど、そういう人が書いたみてーな文章になってる!!
文章は何度読んでもやっぱり難しすぎてわかんねーけど、いつかはわかりてーな!!
16歳。 関東医療少年院で作り上げた切り絵。
「画の感じとしては、第一生命のCMに出てきそうな赤ん坊の写真がハサミで人参の細切りみたいにされてて、それがただバラバラになって白いB4画用紙の上に貼られてた。
画用紙は横に使ってて、赤ん坊の画はそれに入る位だった。切り方は横線を入れるように切ってた。
次にそれについてのシンの解説だけど、アイツは「まぁ、ぱっと見てこれは子供がバラバラにされてるんですけど、、、みんなはこれを酷いと思うかもしれませんが、僕としては…(中略)…この手で永遠にしてやりたい、そういう念をこめて作りました」そう云ってたと思う。
大切だか、美しいから、それを永遠のモノにする為にやった、みたいな意味を含んでたな。
それで、教官の反応だけど、そん時付いてた教官は温厚な人だったからそういうの出しても何も云わなかったんだろうな、と思う。ハッスィ〜とか誰かに見せたら、カンタンに「反省の色なし」の烙印が押されてたろうね。まぁ、反省の色無しっつうのはその前に押されてたのかもしれない(そこら辺は教官のみぞ知る) とりあえずその教官は、ただ黙ってその画に見入って何か深く考えてたよ。「なるほど〜」と吟味するように。
他の院生の反応は覚えてないなぁ。」
(元MPDの証言) |
コラージュが好きだな、シンは!!文章とかは構成の仕方がむちゃくちゃ上手いから、この絵もどんな風に切り貼りしたのかむちゃくちゃ知りたい!!でもそれより注目すべきは、題名。「精神と肉体の融合」って、、、人間最初っから融合してるだろ!!!殺して、つなげることによって融合させるって意識があったと考えられるけど、淳を殺したとき、遺体が文句を言うのは魂が残ってるからだとか考えて、遺体を傷つけている。
?????
矛盾するじゃねーか・・!!どっちかが嘘なのか!?ああ、、シンの精神世界がわからねえーー!!!
(題不明)
16〜17歳。関東医療少年院で書いた書初め。
どんなものだか全く不明だが、書いたらしい。元MPD情報。
そしたらシンの担任の内の一人、H先生が
H教官「もっといいものが書けるだろう」
と言ってシンの目の前でそれを破った。
シン「あ・・・っ!!」
とたんにシンの表情がどんどん暗くなっていって、MPDは絶対切れる!と確信してちょっと引いてた。全身からどす黒いオーラを発してるかのようだった。が、結局
シン「なんか・・・気ぃ悪いっスね」
とボソッとつぶやいた。(元MPDの証言) |
H教官なんてことを!!!もったいねえ!!!つーか、あいつあんなに字ぃ汚ねーくせに、一応書初めも心込めて書いてたんだな・・!!意外だった!!
16〜17歳。 関東医療少年院で作り上げた粘土による造形。
「紙粘土かアブラ粘土か忘れたけど、ろくろを台代わりにしてその上に贅肉の精作ってたな。何か大仏みてーなアタマした太った人だった。宮崎アニメの、もののけ姫に出てくる「こだま」にイメージが似てる。ほのぼのとしてるよ。大きさはお茶のきゅうすより一回りデカく、温和な表情をしていた。その位しか覚えてねぇなぁ。俺から見た感じ、さほど芸術的に美しいとは思えんかった(俺に芸術を見る目がないのかもしれない)けど、その作品は4階の教官室の隣の診察室にある引出しの上に置いてあったぞい」(元MPDの証言) |
題名が!!(爆笑)きっと遠いところでおかんを表してんだろうな!!ww
それとも「もののけ姫」の影響が!?もののけ姫は97年だったけど、シンは見たんだろうか!??
(題不明)
17歳 関東医療で「人の悲しみ」というテーマで作り上げた作品。
痩身の女が頭を抱え、立ち尽くしている。両手で髪をかきむしり、声にならない声を発している。全身で悲しみを表現した粘土による造形―――
それはなんとも言えない見事の像でした。本当に芸術家になれると私たちは思いました。
「すごいよA君。これなら被害者や遺族の人たちに慰謝料が払える。充分償いをしたあとで、社会にもどって生活していけるよ」
教官たちに言われた彼は、こう答えたそうです。
「先生たちは甘い。あれだけのことをやった僕を社会が許すわけがない。僕の作品なんてお金を出して買う人はいませんよ」
――すばらしい新世界 バモイドオキ神の航海―― 高山文彦 フォーカスより
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見たいっ!!!オマエが作品出したら飛びつくやつもいるってえのに!!なんて謙虚なんだ!!この作品、今もあるんだろうか!!?なんなら、酒鬼薔薇が作った作品だってこと隠してオークションに出展してみたらどうだろう!!?そういう美術品の競売は、どこでやってんのか知らねーが、絶対、絶対見てみたい!!!
(題不明)
21歳 関東医療で15夜向けに描いたポスター。
父:「ポスターは紫色の宇宙、青い地球、明るい黄緑色の日本が描かれ、その中を人工衛星が行き来し、黄色い月の上で2匹のウサギが地球を眺めながら、乾杯している図でした。立体感のあるいい絵だったと思います。」
ハトブレ:「9月の15夜あたりに1階の事務室の前に飾られた。
1Mくらいのでっかいキャンパスみたいなの(厚紙?)に、ポスターカラーで描いてた。立体感がめっちゃくちゃあった。宇宙空間の色が下が濃くて、上が薄いから余計立体感があった。うまいから飾られんじゃん。
ウサギは餅つきをしてた。遠くの丸が、黄色かった気がする。
院生1:「うまいなぁ〜これ誰が描いたんだろ?」
T先生:「(笑って)さあ誰だろう?」(しらばっくれてる)
〜後日〜
S先生:「ぉーうまいなー この団子食いたくなるだろお前ら カッカッカ」
院生2:「団子じゃなくて餅っすよ」
S先生:「うるさいっ(喝)餅も団子になるんだから同じでしょうが」
木下君も当然その絵の前を何度も通ったりしたけど、ポーカーフェースっていうか、何も言ってなかった。から、報道見るまで知らなかった。」
院生3:「バックは紫。ウサギは二匹で餅つきをしてた。片方は酒勧めてて、もう片方は片手を頭の後ろに回して照れながら、酒受け取ってる。酒のビンは和式の杯のようなもの。ウサギは月にいて、クレーターがあって、中央に月見団子があった。確か、ピラミッド型に積んであって、ティッシュか何かで立体に作ってあった。
リアルではなく、かわいい表情のあるウサギ。上手かったと思う。」
俺:「餅をつきながら、酒酌み交わしてる!!!?」
院生3:「ええと・・・どちらでしょうね、ちょっと、わかりません(汗 酒をはいしゃくしてたのは事実ですけど・・・餅はついてないのかな? でも、確かに酒のんで、団子ができあがってて餅をつくのも、妙と言えば妙ですね。」
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う〜〜ん、証言がバラバラだ!!!!俺としては、3人の証言を組み合わせて
「下が濃くて上が薄い紫色の宇宙、青い地球、明るい黄緑色の日本と、その中を行き来する人工衛星をバックに、黄色い月の上で2匹のウサギが地球を眺めながら、和式の杯で乾杯してる。月にはクレーターが描かれ、乾杯するカップの下にはピラミッド型に積まれた月見団子がのぞいてる(か一番手前か)。ウサギはデフォルメされたかわいいウサギ。絵は9月15夜前後に1階の事務室の前に飾られ、1mくらいのでっかいキャンパスみたいなのに描かれていた。」
ってのに一票!!父親の手記で最初みたときは、西洋風のワイングラスを想像したんだけど、和風かぁ…。十五夜だからそうかもな!!
うん、いい図だ!!!絵になるな!!!見たい!!!今どこにあるんだよーーーー!!!!!!
にしても、贅肉の精とか作ってた頃に比べると、まったく健全な若者になったもんだな!!!w
