san_rolenzzo中世都市国家の形態を残したイタリアの都市では、細い路地を進んでいくと突然目の前に広場空間が広がる。

幾度となく建築関係の文章で読んだフレーズであるが、実際に体験すると本当に感動する。

道は道路際に建った建物の落とす影の空間、しかも道幅が狭く直線が続かないため見通しが利かない。

対して広場は明るく光があふれている。突然現れるという意外性も感動の一因で、狭い路地からの解放感と同時に影の世界から光に世界への突然の変化が心地よい。

日本の京都などにみられる町屋は2階建てであり、日本人の馴染みの街並みとは、道幅に比べて両側の建物は高くなく道には日が当たっている様であり、それは長い歴史の中で醸造されてきたものだろう。
これは多分に、日本家屋は木造軸組みであり火災に弱く延焼防止から道幅もある程度取る必要があったし、地震が多く構造上2階建てが限度だったためと思われる。現在日本の建築基準法の道路斜線制限という考え方は、この都市景観から発想されたものではないかと思っている。

対して、組積造の建築が発達したヨーロッパの都市では、木造軸組みと違って2階に制限されることがないためより高く建ててパティオや広場から採光できる平面の考え方が出てくるのだろう。


tuboniwa町屋では、奥行きが長いためやはりパティオと同じように採光のために坪庭はあるが、町全体として広場空間は存在しない。日本の公園の歴史は古くなく、日本に公園の概念が表れたのは江戸時代末期から明治にかけてであるから、それ以前は無かったと考えられる。井戸端会議や道草などの言葉で示されるように広場の役割は、日の当る道が果たしていたのだろう。

 

 

siena道と広場の空間構成で有名な町はシエナであろう。

道幅に関係なく一定高さの建物が敷地いっぱいに立ち、道への採光は考慮されず影を生み、細い路地を進んで突然現れる広場が光と安らぎを与えるという景観が町全体に形成されている。


カンポ広場を中心にした都市国家で山岳地帯にあるため坂も加わりそれもまた魅力となっている。

ローマはある程度の道幅があり自然発生的な街並みというよりある程度都市計画の中で発達した都市に思える。

パリに比べると

古代都市が所々残るためかはっきりとした秩序が見えない。スカイラインの統一など基本的な景観は保全されているが古代ローマとルネッサンス期の建物が並ぶとすれば無理はないかもしれない。

話は空間構成から少しずれるが、ローマには高層ビルが全く無い。

パリにはデファンスのように高層建築が建ち並ぶ地域があるのだがローマには無い、

ローマだけでなくフィレンツェにも、

ベネチアにも、

世界遺産に登録されているのでもちろんだが、シエナにも無い。

これらの都市全体に厳しい建築規制がかけられていることが容易に想像できる。どの街にも街の色が写真に出ている。街ごとに異なるのではなく統一していわゆるシエナ色である。このことからも、単なる高さ制限ではなく景観に配慮した規制がかけられているというより建替えそのものを規制しているように思われる。だからこそ中世の姿のまま都市が残り、感動を生む空間構成が残っているのだろう。