zyoudodo兵庫県小野市にある極楽山浄土寺、その中に浄土堂という阿弥陀如来を安置する国宝のお堂がある。西方浄土を再現したことで有名なお堂だ。このお堂は三体の仏像を安置しているが、仏像の基礎が堂の床を貫通し建物の基礎と一体となり転倒を防いでいることからも、この仏像のために創られた堂であることは間違いない。

今から800年前に創建された重源上人の作。重源は真言宗のお坊さんで同時期に奈良に東大寺の再興を行った人である。浄土堂も東大寺と同じ構造様式の大仏様を採用している。しかしそれだけでなくここでは、周辺の景観を取り込みながら浄土をこの世に再現するという演出を行っている。1987年にNHKで放映された “国宝の旅 浄土再現”という番組でも紹介されている。

宇治の平等院鳳凰堂も東向きに建てられ、鳳凰が羽を広げた様に似た鳳凰堂を池越しに見る配置は浄土を再現したものと言われているが、光の演出をここまで考えた建物はここだけではないだろうか?

浄土宗は、南無阿弥陀仏と唱えれば極楽浄土に行けるという教えで一般大衆に広く信仰されている宗派である。多くの人を信者にするために西方浄土を目の前に再現して見せるというのはかなり効果のある演出だったのではないだろうか?

このお寺の周辺の航空写真(google map)だが、真西より少し北に振れた角度で浄土堂が建っている。振れたことで西側正面に溜め池が来るように浄土堂が配置されている。お寺の伽藍自体がこの軸で構成されているところをみると、お寺の建立時から考えられた配置だろう。
ではなぜ西側正面に池が来るように配置したのかは、このお堂の演出と大きくかかわっている。
西日を池の表面で反射し、お堂の中に導き入れるように設計されているのだ。そのために晴天の多い夏、真西より北に振れて太陽が沈むことを計算し、少し北に振った軸で池が正面に来る配置が考えられたものと思われる。

zyoukuu東側上空から見た浄土堂と池の様子を再現してみた。小野市に東大寺の荘園があったそうだが、それだけでこの地を選んで浄土を再現するという構想を実行したのだろうか?もっと深い訳があったのではないだろうか?
奈良や京都の様な大都市でこの周辺景観を取り込むという演出を行っても、800年間そのままであることはなく演出意図は忘れ去られていたに違いない。
このお寺も1980年代に解体修理がおこなわれるまで約400年間は、西側の蔀戸は板戸で覆われ自然光が入ることはなかった。通常仏像が安置されているお堂というものは、窓がなくうす暗い雰囲気の中に金色の仏像が浮かび上がる絵のほうがイメージしやすい。400年前の人もそんななじみの雰囲気の中で仏像を拝みたかったのだろう。

自然光が入らない状態で、蝋燭の光でシミュレートしてみたが背後に闇が存在し陰翳を礼讃する日本人にはなじみの空間である。

しかし西日を入れた絵は圧巻であり、日本のお寺にはまずない光の演出である。演出意図は400年間忘れられても、創建以来800年間周辺環境が変わらなかったことでこの演出が現代によみがえったのである。というかここなら周辺環境が変化する可能性が低いと考えた重源という人の洞察力ではなかったのだろうか?

晴天の夏の夕方、西側の蔀戸を全開して光を取り入れた状態をシミュレートしたもの。約30度の角度の西日がお堂の床に反射し、朱に塗られた化粧小屋組を照らすことで、堂の中央に配置された阿弥陀如来、勢至菩薩、観音菩薩の3体の仏像が赤く輝いている。また床は反射光でハレーションを起こし白くぬけてあたかも仏像が雲の上に浮いているような感覚になる。

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動画で浄土堂の一日の光の変化をアニメーションにしてみた。静止画ではわからない堂内の変化がよくわかる。簡単なアニメーションでこんなに感動的な出来事が起こるとは想像できなかった。シミュレートした日は2009年5月10日の朝3時から夜7時まで。途中 朝9時から西面の蔀戸が開き始め午後1時に開き終わる設定にしている。開く時間が長いがアニメーションではこのくらい時間をかけて開かないと一瞬で開き終わってよく変化がわからない。

西側の蔀戸が開き始めると第一段階の変化が起こる。それまでは東側正面の戸から差し込む天空光であまり演出効果のない光環境だったものが西側から光が差し込むことで浄土が再現され始める。この段階で長源の演出は凄いと思ったが更なる変化が夕方太陽が浄土堂の正面に来る時刻に起こる。堂内がオレンジ色に輝き、その色が仏像にも写りこんで圧巻の一言しか出ない。まさにこれが浄土再現なのだと感動た。

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